笑顔判定九十九点

緋田冬馬が再生キーを押すと、仮想アイドルの笑顔に九十九点がついた。

五年前に事故死した歌手を再現したAIライブ。彼女の顔、声、癖を学習したモデルが、未発表の明るい応援曲を一度だけ歌う。冬馬は表情認識システムの開発者で、事故当夜もステージ裏にいた。

公式には、吊り下げ照明の予測不能な破断。歌手は最後まで笑顔だったとして、その写真が追悼広告に使われた。広告の口元は完璧だったが、冬馬には右頬の影だけが不自然に見えた。彼は何度も拡大した。影の中に細い警告線が隠れていた。

イントロでAIが頬を上げる。

「笑っていれば大丈夫」

Aメロのたび、採点表示が九十八、九十九を行き来する。百点にはならない。冬馬が補正を強めても、右目だけがわずかに怯える。学習元の最終映像へ、表情固定処理が効かない部分がある。

明るいビートの裏で、金属の軋みが規則的に鳴る。照明ワイヤの張力警告だった。事故の三十分前から出ている。

サビでAIが両手を広げる。

「笑っていれば大丈夫」

背面に当時のリハーサル映像が出た。歌手は上を見て何度も停止を求めている。だがプロデューサーは生配信の開始を優先し、冬馬へ警告表示を非表示にしろと命じた。冬馬は従った。画面から赤い枠を消し、代わりに笑顔判定の緑枠を重ねた。

最後のサビでAIの声が割れる。モデルが、完成テイクではなく廃棄されたマイク音声を選び始めた。

〈怖い。止めて〉

〈顔が曇る。笑って〉

〈大丈夫な顔をしろ〉

その直後に破断音。追悼写真の笑顔は、事故直前の一コマではなかった。落下後、顔認識が泣き顔を自動補正し、口角だけを上げた画像だった。

冬馬は採点機能を切った。AIの表情が初めて崩れ、涙を流す。点数はゼロになる。

最後の一音で、彼女は笑わないまま観客を見た。スクリーンには冬馬が警告を消した操作履歴が表示される。

「笑っていれば大丈夫」

不安を励ます言葉ではない。危険を訴える人間へ、死ぬ瞬間まで商品らしい顔を強いた命令だった。