答えないという答え
花房絃は、質問が終わった瞬間に言った。
「その質問には答えません」
緑灯が点く。
油小路梓は口を開いたまま固まった。二人の前には、過去の家族写真と一本のマイク。壁の規則は一つ。
〈主催者の質問へ、嘘ではない返答を最短で行った一名を解放する〉
正面の時計は、質問が終わった瞬間から千分の一秒単位で進む。内容だけでなく速度まで競わせ、考える時間を奪う仕掛けだった。
主催者が絃へ尋ねたのは、「あなたは妹を見捨てたことを後悔していますか」。梓には、「父親を告発したのは金のためですか」と問う予定だった。
どちらも、はいかいいえを選べば傷が残る。正直に答えても秘密が観客へ晒され、嘘なら首輪が作動する。主催者は、その二択こそゲームだと思っていた。
絃は質問の内容へ答えなかった。しかし、呼びかけに対する応答として「答えない」と返した。それは返答であり、その場の意思を正確に述べている。
『それは回答ではありません』
「規則は回答ではなく、返答と書いてある」
『質問内容に関する真実を述べるのが趣旨です』
「趣旨を一文に入れ忘れたのは、あなた」
判定装置は発話時刻を表示する。質問終了から〇・二秒。内容も真実。絃は実際、その質問に答えていない。
梓は慌てて「私も答えません」と言う。緑灯は点くが、時刻は一・八秒。最短ではない。
〈勝者、花房絃〉
首輪が外れる。
主催者は食い下がった。
『逃げただけだ。後悔しているかどうかも言えない臆病者だ』
絃はマイクを置く。
「言えないんじゃない。あなたに言わない」
その違いは小さいようで大きい。真実を守ることと、真実を差し出すことは同じではない。
絃は解除鍵で梓の首輪も外した。写真は一枚もカメラへ向けない。
「嘘を禁じる権利があっても、告白を奪う権利まで生まれるわけじゃない」
扉が開く。主催者の質問だけが、答えを持たないまま白い部屋へ取り残された。