終電前のレイド募集

神谷澄玲には、金曜二十二時の約束があった。

百人で挑むオンラインゲームの期間限定レイド。ゲーム配信者〈スミレイド〉として、一か月前から視聴者を募っていた。開始に遅れれば、全員の編成が崩れる。

ところが金曜、取引先との会食が長引いた。

二十一時二十分。上司は二軒目へ移動すると言う。澄玲は「明日早いので」と口にしかけ、飲み込んだ。普段の彼女は誘いを断らない。ゲーム配信のために帰るなど、子どもじみて聞こえる気がした。

テーブルの上でスマートフォンが光る。

《スミレイド隊長、参加者九十九名が待機中です》

隣に座る先輩の茂木にも見えた。

「スミレイド?」

澄玲は慌てて画面を伏せる。

「すみません、個人的な通知です」

「あなた、配信してるの」

否定しようとしたとき、茂木が小声で続けた。

「うちの弟が見てる。今夜、絶対遅れないって夕飯を早く食べてた」

上司が会計を終え、「次、駅前の店」と手を上げた。

茂木は澄玲の鞄を渡した。

「神谷さんは先約があります」

「何の?」

上司に聞かれ、茂木が答える前に澄玲は立った。

「ゲーム配信です。二十二時から、百人で約束しています」

数秒、誰も何も言わなかった。

上司は時計を見る。

「終電は?」

「間に合います」

「じゃあ走れ。百人を待たせるほうが取引先より怖そうだ」

笑いが起きたが、馬鹿にする響きではなかった。

澄玲は駅まで走った。途中、職場のグループチャットに「私用のため退席しました」と打ち、少し考えて「予定していた配信のため」と書き直した。秘密を明かした勢いではなく、次からも同じ選択をするためだった。

電車の扉が閉まる直前、茂木からメッセージが来る。

〈弟の名前は“モギモギ弟”。手加減不要〉

家に着いたのは二十一時五十七分。コートも脱がずに機材を立ち上げる。待機画面には九十九人の参加名と、見守る視聴者が並んでいた。

配信開始を押す。

「遅くなりました。現実世界の中ボスを抜けてきました」

コメント欄に〈モギモギ弟〉が流す。

〈隊長、ナイス帰宅〉

澄玲は息を整え、百人目として参加ボタンを押した。