終電車内法廷
最終電車の扉が閉まると、乗客全員の端末に〈審理開始〉と表示された。
被告は片桐修平。罪名は、ホームから男性を転落させたこと。終点まで五分。十二人の乗客が有罪か無罪を投票し、全員一致しなければ発車時刻へ戻る。
「異議は次の駅まで」
車掌の声。修平のポケットには、穴の開いた乗車券と、死亡した男性の遺書がある。
一周目、修平は監視映像を見せた。男性は自分から線路へ降りている。無罪十一、有罪一。暗転。
二周目、遺書を読んだ。会社の粉飾決算を告発しようとして追い詰められた、とある。無罪十、有罪二。
三周目、投票者の顔を見た。最後まで有罪を押すのは、男性の娘だった。
「あなたが押してなくても、見殺しにした」
修平は亡くなった男性の部下だった。あの夜、ホームで遺書を渡され、「公表してくれ」と頼まれた。だが修平は受け取ったまま、上司へ連絡した。会社は警備員を寄こし、男性を説得するふりで囲んだ。男性は逃げ、線路へ降りた。
修平は直接押していない。だから無罪を得ることはできる。乗客一人ずつの秘密を突けば、投票も変えられると周回で分かった。
四周目、修平は娘へ、遺書の最後の一行を見せた。
〈片桐は悪くない。彼も生活を人質に取られている〉
娘の指が無罪へ動く。これで全員一致する。
「異議は次の駅まで」
その放送を聞いて、修平は遺書を閉じた。無罪になれば、会社は「本人の突発的行動」で事件を終わらせる。修平は職を守り、遺書を封印し、また誰かの告発を預かるだろう。
車内法廷の本当の終了条件は、事実ではなく、被告が判決を受け入れることだった。
修平は自分の端末で〈有罪〉を押した。
十二人がどよめく。娘だけが顔を上げた。
「罪名が違う」と修平は言った。「押したんじゃない。渡された言葉を、止めた」
彼は遺書と粉飾の証拠を公開サーバーへ送信した。続けて、事件後に受け取った口止め料の明細も添える。有罪票が十二個並んだ。
電車は初めて終点へ着いた。
ホームには検察官と報道陣がいた。法的には転落罪でなく、証拠隠滅や背任を問われるだろう。乗車券の穴は、修平の名前の真上に開いている。
娘が降り際に遺書を返そうとした。
「持つ資格はありません」
修平は受け取らず、両手を見える位置に置いた。扉が閉じても、もう五分前には戻らなかった。