緑の壁が息をする

冬木は支給された水を飲まず、壁の緑色の膜へ浴びせた。

片桐と星埜が、自分の透明室から怪訝そうに見る。三室の天井には強い白色灯、壁には乾いた苔のような汚れが一面に付着していた。

《十分後、開始時より酸素量を最も多く増やした一名を勝者とする》

規則を聞いた片桐は、予備ボンベを探して床を剥がし始めた。星埜は「増やすのは不可能だ」と決めつけ、せめて減少を抑えるため横になった。

冬木は、緑の膜のそばに小さく《培養槽・乾燥防止》と印字されているのを読んだ。壁の正体は苔ではなく、微細藻類を封じた薄い培養パネルだった。

水を吸った緑が数分で濃くなる。冬木は天井灯の角度を変え、光を壁へ集めた。

「植物に頼るのか」と片桐が笑う。

「人間より、この部屋に長く閉じ込められていた奴にな」

光を受けた藻類は二酸化炭素を取り込み、酸素を放つ。冬木自身の呼吸で失う分はあるが、壁全面の培養層がそれを上回り始めた。表示は二十・九から二十一・一、二十一・三へ上がる。

星埜も水を壁へ掛けようとしたが、彼女は開始直後に全部飲んでいた。片桐は床を剥がすためライトの電源線を切っている。

終了ベル。

《冬木室、酸素増加一・八リットル。片桐室、減少二・一リットル。星埜室、減少〇・九リットル》

《勝者、冬木》

主催者が沈黙する。緑の壁は、無機質な舞台を装うために暗く塗られていた。だが生き物を置いた以上、それもこの一ラウンドの参加者だった。

冬木は開いた扉の前で一度振り返る。濡れた緑の膜から、小さな泡が次々と生まれていた。

乾いた膜の一角には、葉ではなく丸い細胞の拡大写真が貼られていた。照明も単なる天井灯ではなく、波長を切り替えられる育成灯だった。冬木が青と赤の光へ合わせると、泡の発生が目に見えて速くなる。舞台美術に見えた三つの物が、すべて同じ答えを指していた。

星埜が最後に見つけた給水口には、最初から藻類の葉を模した印が付いていた。

「酸素は、残っている物じゃない。作っている奴を見つければいい」