縮んだ巨人と背伸びの湯
巨人街道の宿《大股屋》は、扉だけが六メートルあった。
なのに最初の客グレアは、扉の下の猫穴から入ってきた。手のひらほどに縮んだ巨人族である。
「魔女に『身の丈を知れ』と呪われた」
明日は族長継承の儀式。岩門の上にある手形へ掌を重ねなければ、権利を失う。小さな身体では台に乗っても届かない。
店主バルナは笑わず、巨大な湯船の隅へ桶を一つ浮かべた。
「《背伸びの湯》です。今のあなたには桶風呂ですね」
「飲めば大きくなる薬ではないのか」
「ここは宿です。飲み物は別料金」
グレアが桶へ入ると、湯面に小さな波が立った。源泉は、身体が本来占めるはずの空間を覚えている。だが本人が縮んだ自分を恥じている限り、湯もその大きさに合わせる。
「早く戻せ。私は山を持ち上げた巨人だぞ」
「今は桶の縁も越えられない」
グレアは怒鳴ったが、その声は湯気に吸われた。バルナは踏み台を出さない。助けるのではなく、小さな身体でここまで来た事実を本人に認めさせる湯だからだ。
「身の丈とは何だと思います?」
「強さだ」
「では今の身体で、ここまで一人で来たのは?」
グレアは黙った。猫穴を抜け、鷹から逃げ、三日かけて街道を歩いた。大きかった頃なら半刻の道だ。
「……私の強さだ」
「大きさを失っても残ったなら、それが身の丈でしょう」
グレアは両足で桶の底を踏み、自分の力で立った。
桶がみしりと鳴った。
身体が二倍、十倍と膨らむ。慌てて暴れれば天井を破る。グレアは小さかったときの慎重さを忘れず、膝を抱えて待った。バルナは桶ごと大浴槽へ滑らせた。やがて湯から立ち上がったグレアの頭は、元どおり梁に届いた。
「宿を壊すなよ」
「分かっている。小さい入口の苦労も、もう知っている」
翌日、岩門の手形は青く輝き、新族長を認めた。グレアは最初の命令として、岩門の下に小さな者用の入口を作らせた。
夕方、グレアは人の頭ほどある石貨を一枚、宿前へ置いた。裏には追加注文が刻まれている。
『族長として驕った日に、また一回』
バルナが滑車で石貨を持ち上げていると、今度は正面の大扉についた鐘が轟音を立てた。