聖遺物が床に落ちた一分
巡礼参謀ヨルガが大神殿を追放された翌日、年に一度の聖遺物公開が始まった。
正門が開くと、三千人の巡礼者が一斉に中央礼拝堂へ押し寄せた。
前列が跪き、後列は進み続ける。子どもの泣き声が上がり、倒れた老人を避けようとした人々が横へ崩れた。司祭が聖遺物を高く掲げた瞬間、祭壇へ人がぶつかる。
黄金の聖杯は床へ落ち、縁が欠けた。
公開開始から、わずか一分だった。
大神官エグラドは衛兵の不足を責めたが、人数は例年より多かった。
ヨルガは巡礼者を祈願札の色で六つに分け、入口と退出口を変え、聖遺物の前で止まらず歩くよう鐘の間隔を決めていた。皆が自由に祈っているように見えて、流れは一度も逆らわなかった。
大神官はその仕切り縄を「信仰を数字で測る冒涜」と切り捨てた。
倒れた巡礼者は三十人を超え、治癒司祭は聖杯より先に人々を運び出した。公開を続ければ信仰を示せると大神官は言ったが、床に落ちた祈願札を踏んで進む者はもういない。奇跡を見せる一日が、神殿は人を数としてしか見ないという評判へ変わった。
倉庫からヨルガの古い縄が見つかった。結び目の間隔は、立つ人一人分ではなく、倒れた人を横へ運べる幅だった。混雑しないためだけではない。事故が起きても流れを止めず救えるよう、彼は空間を残していた。
欠けた聖杯を見た巡礼者の中には、奇跡が失われたと泣き出す者までいた。神殿が守れなかったのは器だけでなく、集まった人々の信頼だった。
その頃ヨルガは、城外の施療院で薬を待つ患者を並べていた。
「赤札は熱病、青札は外傷。家族は薬を受け取ったら西門へ」
二百人が狭い廊下を通ったが、押し合いは一度も起きなかった。重症者は先に診察され、最後の一人まで薬が届く。院長シュナイは、ヨルガへ運営参謀の白札を渡した。
「人を急がせたのではなく、急ぐ理由が違う人を分けたのですね」
夕刻、大神殿の鐘使いが駆け込んだ。翌日の公開を再開するため戻れ。聖杯の欠けは不問にし、司祭位も与えるという。
ヨルガは白札を胸へ留めた。
「大神殿との運営契約は、昨日の破門によって終了しています」