肖像画に布を掛ける皇子
王立画廊の公開制作で、画家がイヴェットの顎へ手を伸ばした。
「もう少し皇子殿下のほうへ」
触れられる直前、カエルム皇子の杖が床を打つ。
「言葉で頼め」
幼い頃、姿勢を直すため首を強く掴まれていたイヴェットは、人の手が顔へ近づくだけで身体が固まる。皇子はそれを一度見て以来、侍女にも必ず許可を求めさせた。
画家は慌てて床へ印をつける。
「こちらへ一歩、よろしいでしょうか」
「半歩なら」
イヴェットが自分で動く。カエルムは近づかず、二人の間に彼女が選んだ距離を残した。
完成した肖像は見事だった。社交界の客が集まる中、画廊長が題名を発表する。
「『未来の皇子妃』でございます!」
イヴェットは絵の下の金札を見た。
「その題名は許可していません」
画廊長は笑う。
「お二人の親密さは誰の目にも明らかです。今夜の公開で婚約を既成のものにできます」
「既成にしないでください。それに、この絵を公開したくありません」
客席から驚きの声が上がる。皇子の隣に描かれる名誉を拒むのかと。
カエルムは壁から濃紺の幕を下ろし、肖像全体を覆った。
「公開は中止だ」
「殿下、王家が制作費を払っております」
「所有権を彼女へ譲る」
皇子は証書へ署名し、イヴェットへ渡す前に尋ねた。
「受け取るか。画家へ返すか。処分するか」
「受け取ります。私の部屋で、私だけが見たいです」
「分かった」
画廊長が食い下がる。
「せめて殿下だけでもご覧になる権利が」
カエルムは首を振った。
「余も許可を求める」
イヴェットが、いつか一緒に見てもよいと小さく答える。皇子はその「いつか」を今夜へ早めなかった。
画廊長は、宣伝用に作った小さな複製画だけでも残したいと願った。
カエルムはイヴェットを見る。
「残すか」
「いいえ。全部、私の部屋へ」
「聞いたな。原画も写しも彼女へ渡せ」
王家が費用を出したという理由で、彼女の姿の複製権まで奪うことを許さなかった。
金札の題名も外された。イヴェットは、今は無題のままにしたいと告げる。
「決まるまで空欄にしろ」
カエルムは恋を匂わせる仮題さえ許さず、空白を未完成ではなく彼女の決定として扱った。
「記録せよ。題名はイヴェットが決める。彼女の姿も、余との関係も、社交界が先に公開してよいものではない」