肩書きのない席
朝比奈朔に届いた二つの内定は、雇用期間の欄だけが対照的だった。
一社は大手物流会社の正社員。業務は人事アシスタントで、給与も福利厚生も十分だった。もう一社は地域の若者支援団体で、一年間の契約職員。肩書きはなく、更新も未定。担当は居場所づくりと就労相談だった。
求人サイトの保存欄には、『正社員』で絞り込んだ募集ばかりが残っていた。朔は検索条件を外し、働きたい内容を先に見る練習から始めた。
朔は最終面接で座った椅子を覚えている。大手では、長い机の端に番号札が置かれていた。支援団体では、丸いテーブルに空いた椅子が一脚あり、面接中にも相談に来た青年が隣へ座った。
二十九歳になったばかりの朔には、「一年後」が崖のように見えた。正社員を断って契約を選び、三十歳で無職になる可能性。履歴書を見た採用担当に、計画性がないと思われる未来。
一方で、大手の仕事内容を読むと、五年後まで説明できる。昇進、異動、昇給。説明できることと、続けたいことが同じとは限らなかった。
正社員の承諾書には、十年後まで使えそうな制度が並んでいた。一年契約の紙には、通勤手当と休暇のほか、ほとんど何もない。朔は不足している保証を数えた。数え終えてもなお、やってみたい仕事が残るかを確かめた。
承諾書を二枚広げ、朔はそれぞれの雇用期間を指で隠した。残った業務内容だけを見る。支援団体のほうに、面接で話した企画が手書きで追記されていた。
〈入職後、一緒に検討したい〉
約束ではない。未来を保証する言葉でもない。だから信用できないのではなく、自分も働いて形にする余白だと思えた。
朔は大手へ辞退の電話を入れ、支援団体の一年契約に署名した。手続きが終わると、急に怖くなった。社会的に正しい道を外れたような気がした。
入職初日、丸いテーブルにはやはり肩書きの札がなかった。朔は空いていた椅子を引き、自分のノートを置いた。
一年後もここにいる保証はない。だからこそ、この席で何をしたかを、契約の短さではなく自分の仕事として持ち帰るつもりで座った。