背中が合わなくなる
最後の冬服の日、ラグビー部の彼はブレザーのボタンを留められなかった。
一年で肩幅が広がり、背中の布が引きつっている。
クラス写真の前、私は安全ピンを持って呼ばれた。
「どうにかして」
「服を大きくする魔法はない」
「写真の三秒だけ」
無理に前を留めると、背中の縫い目が悲鳴を上げた。
彼は笑った。
「成長の証」
「破れる証」
結局、ボタンは開けたまま撮ることになった。
撮影後、彼は校舎裏でブレザーを脱いだ。白いシャツの背中に、練習でできた擦り傷が透けて見えた。
「部活、辞めるんだって?」
来月から受験勉強に集中するらしい。周囲は、体格がもったいないと言った。
「料理の学校、行きたい」
初めて聞いた。
家では大学進学を勧められ、顧問には競技を続けろと言われている。大きくなった肩だけを見て、みんな未来まで決めてくるという。
「この背中ならラグビーだろ、って」
彼はブレザーを持ち上げた。
「でも、これが合わなくなったみたいに、前の予定も合わなくなる」
被服室へ行き、私は内側の縫い代を少しほどいた。卒業式まで着られるよう、背中へ隠し布を足す。
「料理じゃなくて裁縫に来れば」
「包丁のほうが得意」
ミシンの音の間、彼は家で作った弁当の写真を見せた。彩りがきれいで、悔しいほど上手だった。
夏服に替わると、彼は部活へ出る回数を減らし、放課後は調理室へ通った。
秋、新しい縫い代のおかげでブレザーは留まった。
ただし、胸ポケットから調理実習のレシピがはみ出していた。
卒業式の写真で、彼の背中はまっすぐだった。
体が成長したから道を変えたのではない。
成長したぶん、以前の形に無理やり収まらなくてよくなったのだ。
私は写真を見るたび、合わなくなった制服が教えてくれた進路を思い出す。
後日、彼が作った焼き菓子は、ほどいた縫い目の形に似た細長い袋へ入っていた。『広げた分だけ入る』と書かれた札を、私は今も取ってある。
服の背中を広げた午後、彼は自分の未来にも同じだけの余白を縫い足していたのだと思う。