胡桃の雨がやむまで

胡桃が熟すと、森は雨を降らせる。

枝に宿る木霊が実を外し、柔らかな苔へ落とす。苔の下の溝を転がった胡桃は洗浄籠へ集まり、殻のまま菓子工房へ送られる。森を揺らす必要も、木へ登る必要もない。

バシュは庵の軒下で、木彫りの匙を削っていた。

王立学院の講師だった頃、彼は一日六講義を受け持ち、夜は答案を採点した。茶色の教授衣は肘が擦れ、内ポケットには学生からではなく学部長から届いた未読の催促状が何十枚も残っている。「教育のため」が、無給の仕事を押しつける合言葉だった。

森で、こつ、こつ、と胡桃が落ちる。

急かす音ではない。雨宿りを楽しめる程度の、穏やかな音だった。

会計板に緑の文字が浮かぶ。

《胡桃二十袋、菓子工房が購入。代金入金済み》

庵の修理費と冬の薪代を引いても余る。バシュは匙のくぼみをもう一度なぞり、満足して刃物を置いた。

森は胡桃を全部は落とさない。鳥の分、芽吹く分、木霊の冬越し分を残す。取り尽くさなくても暮らせる仕組みを眺めるたび、学院で「限界まで教えよ」と言われた日々が、ずいぶん狭い考えに思えた。残した実が森を痩せさせないように、残した時間も人を怠けさせはしない。むしろ来年まで生きる力になる。

木の枝に学院の伝書鴉が止まる。

『明日の講義を代行せよ。新任が辞めた』

学部長の声が鴉の嘴から響いた。

「断る」

『学生が困る』

「講師を常勤で雇え」

『予算がない』

「新校舎の大理石を一枚減らせ」

『君は教育者として恥ずかしくないのか』

バシュは森を見渡した。木霊は若い枝の実を落とさず、来年のために残している。育てるとは、搾り取ることではない。

「恥ずかしいのは、善意を雇用契約の代わりにすることだ」

『名誉教授の称号を取り消すぞ』

「壁に掛ける場所が空く」

鴉の嘴を閉じ、返送の印を押す。

胡桃の雨がやんだ。森はしんと静まり、木霊たちは幹の中へ戻る。

バシュは完成した匙を湯呑みの横へ置き、揺り椅子に深く座った。次に何を彫るかは、昼寝から起きてから考えることにした。