自動議事録の持ち主

給与改定の面談には、いつも「Minutes AI」が参加していた。

上司は会社契約の議事録ボットだと説明し、私も疑わなかった。だが昇給を断られた日、ボットの所有者欄に外部ドメインが見えた。

上司は、私の評価が平均以下で、引き留める理由はないと言った。

「不満なら退職も選択肢です」

その言葉まで、Minutes AIは忠実に文字へ起こす。

私は人事に、ボットの契約先を確認してもらった。

会社が正式に契約しているサービス名とは一文字違う。正規品は「Minute AI」、参加中なのは複数形の偽名だった。

所有者は上司が個人で設立した人材分析会社。つまり、過去一年の査定面談がすべて社外へ送られていた。

上司は無料ツールを便宜的に使っただけだと言った。

私はOAuthのアクセス履歴を共有した。ボットは議事録だけでなく、評価シート、給与一覧、退職予定者フォルダまで閲覧している。権限を許可したのは上司。

さらに外部会社の共有ファイルには、社員の評価と希望年収を並べた「転職見込み客一覧」があった。私の名前には《昇給を断れば今月動く》と記されている。

Minutes AIが突然音声を発した。

「録音を停止します」

機械音ではない。外部会社の担当者が手動で接続していた。

人事が会議をロックすると、担当者は慌ててカメラをつけた。

「上司から、退職しそうな社員を紹介会社へ流すよう依頼されました。成約時の手数料も決まっています」

上司は担当者が勝手にやったと否定した。

だが面談予定のCCには、上司と担当者の個人アドレスが並んでいる。今日の件名は《対象者へ昇給拒否を告知、反応確認》だった。

過去の会議録には、退職を示唆された社員が動揺した秒数まで数値化されていた。上司はその反応を外部会社へ渡し、転職勧誘の優先順位を付けている。Minutes AIは議事録ではなく、社員を売り物にする測定器だった。

人事は私の評価原票を開いた。実際の点数は上位一割。上司が面談用のコピーだけを「平均以下」に書き換えていた。

退職届のひな型が画面から消え、昇給承認書に置き換わる。

「退職を考える必要はありません」

人事は承認を押した。

「考えるべきなのは、上司の退職時期です」