菓子工房の焦げない納品票

菓子職人見習いの枇杷島すみれは、朝一番のオーブンを開けた。

中には、王宮へ納める砂糖菓子が黒焦げになっている。

「また温度を間違えたのか」

先輩職人の叶屋澄人は、工房中へ聞こえる声で言った。すみれの帽子へ生卵を割り、失敗作を食べ切るまで帰さない。そんな「指導」を毎日続ける男だった。昨日は、すみれの給金袋まで砂糖水へ沈め、「甘い仕事には甘い給料だ」と皆の前で笑っている。

「設定は百六十度でした」

「嘘をつくな。二百五十度にした履歴がある」

叶屋は制御盤を示す。操作者は『枇杷島すみれ』。工房主は険しい顔で、納品損害の弁償誓約書を置いた。

叶屋は優しく笑う。

「署名すれば、王宮には黙っておいてやる」

「先輩も、確認者としてお願いします」

「当然だ」

彼は先に署名し、『本人の故意による温度変更を目撃』と書き添えた。

すみれは焦げた納品票を天秤皿へ載せる。王宮向けの票は耐火紙で、焼成中の温度と、最後に扉を開閉した職人印を記録する。

金文字が浮かぶ。

『午前四時十二分、叶屋澄人。百六十度から二百五十度へ変更。認証代行機能を使用』

叶屋はすみれの作業札を盗み、制御盤へかざしていた。しかし代行操作には、実際に触れた者の職人印が裏記録として残る。

「品質検査だ。わざと焦がして反応を見た」

「では、卵も検査ですか」

工房主が壁の注文鏡を開く。すみれの帽子に卵を割る場面と、「弁償させて賃金を半年取る」と叶屋が笑う場面が映った。叶屋自身が宣伝動画を撮るため鏡を録画状態にし、止め忘れていたのだ。

さらに彼の署名した誓約書は、虚偽の目撃証言と弁償強要を確定させる。

王宮納品監が工房へ入り、耐火票と映像を受け取った。

叶屋はすみれへ囁く。

「俺がいなくなれば工房が潰れるぞ。取り消せ」

すみれは新しい温度を百六十度に合わせ、次の生地を入れた。

納品監が職人組合の決定を読み上げる。

「叶屋澄人。見習い虐待、器物損壊、認証不正使用および虚偽証言により、職人資格を即時剥奪する」