落ちないシャンデリア
天蓋夜会の乾杯直前、巨大なシャンデリアが軋んだ。
鎖の一本が切れ、客たちが逃げ惑う。だが予備鎖が働き、硝子の海は頭上で止まった。
王弟ヴィスカルは、婚約者を睨みつける。
「ジョゼンナ・グレイス。君がペレニスを殺そうと鎖を切ったのだな」
真下に立っていたペレニスは、恐怖に震えながら彼へしがみつく。
「昼間、ジョゼンナ様が天井回廊から降りてくるのを見ました」
「暗殺を企てた女との婚約は破棄する。衛兵、捕らえろ」
ジョゼンナは落ちかけた灯りを見上げた。
「告発は、わたくしが主鎖を切断したという一点ですね」
「現場を見られている」
「では、主鎖の整備記録をご覧ください」
王宮技師長ラグノが、油染みの残る礼服で進み出た。彼は夜会の招待客ではない。ジョゼンナが予備鎖の異音を知らせたため、裏で点検を続けていた。
ラグノは一枚の金属札を掲げる。主鎖そのものに取り付けられていた《作業命令札》だ。命令者の魔力署名と、作業内容を一度だけ浮かべる。
札に青い文字が現れた。
命令者、王弟ヴィスカル。
作業内容、主鎖を半分まで切断。予備鎖を解除。
実施時刻、今夜九時。
「予備鎖が残っているのは、ジョゼンナ嬢が昼に解除装置の不具合を見つけ、私へ知らせたからだ」とラグノは言った。「彼女がいなければ、今ごろ床には百人分の血が流れている」
ペレニスの震えが止まった。彼女は頭上の硝子とヴィスカルを見比べ、しがみついていた腕を放す。王弟が名を呼んでも、割れた破片を踏みかけるほど遠ざかった。
ヴィスカルは札へ手を伸ばしたが、署名は消えない。
「ジョゼンナ、これは王宮警備を試す演習だった。君も役に立った。婚約破棄は撤回する」
「人命を賭けた試験に合格して、あなたの妻になるつもりはありません」
ラグノが割れた硝子片の手前で、手を差し出す。
「新宮殿の設計局へ来ないか。落ちるものを止める権限を、最初から君に渡す」
ジョゼンナはヴィスカルに背を向け、その手を取った。