著者のない赦免

物語から人の名を切り取れば、その名で書かれた告発も罪状もすべて消える。その代わり、切り取った者の名は、自分が書いたすべての文章から失われる。

詩人スーヴェは、判決文の余白へ小刀を入れた。

友人ケイルは明朝、反逆詩の作者として処刑される。問題の詩を書いたのは別人だが、署名だけが彼の名に変えられていた。役人は訂正を認めず、印刷された千枚の告発状が真実の代わりになっている。

名切りの小刀なら、一枚から切るだけでよい。世界中の文章がそれに従う。

ただし代金は、スーヴェ自身の署名だった。

机の上には、十年かけた詩集の初版本がある。表紙の金文字。新聞へ寄せた随筆。亡き母のために書いた墓碑銘。ケイルへ渡せずにいる恋文。名を切れば、すべてから著者名が消える。

作品そのものは残る。誰かが書いた美しい詩として読まれる。朗読会で拍手が起きても、壇上へ呼ばれる名だけがない。けれど、誰が書いたのか尋ねられても、誰もスーヴェを思い出せない。

「それは死ぬのと同じだ」

面会室でケイルは言った。「私は君の言葉に救われた。私を救うために、その言葉から君が消えるなんて」

「言葉は残る」

「君が書いたと知らなければ、同じじゃない」

スーヴェは答えなかった。自分でも同じだと思えなかったからだ。

夜の印刷所で、小刀を押し進める。

ケイルの名の一画が紙から剥がれるたび、棚の本がかすかに鳴った。

一画目。詩集の表紙から、姓が消えた。

二画目。新聞の末尾が白くなった。

三画目。母の墓碑銘から「娘スーヴェ」の文字が抜け落ちた。

最後の一画だけ残る。

隣には、まだ封をしていない恋文があった。末尾には〈あなたを愛するスーヴェより〉と書かれている。これを失えば、ケイルは自由になった後、その手紙が誰のものか分からない。

スーヴェは恋文を判決文の上へ重ねた。

「せめて言葉だけ、あなたのそばに」

小刀を引く。

ケイルの名が切り抜かれ、紙片となって床へ落ちた。

同時に恋文の署名が薄れた。

印刷所中の本から、同じ女の名が一斉に消える音がした。