葬儀は前払い

大楽結弦は、二十年で一度しか葬儀に出なかった。弔問には一日分の寿命が必要だった。悲嘆による社会損失を本人が負担する制度で、配信視聴なら三分、定型文の送信なら十秒で済む。結弦はいつも十秒を選んだ。

父の葬儀も、友人の葬儀も画面で済ませた。薄情だと責められたが、死者には分からない。生きている自分の時間を守る方が合理的だと思っていた。

疎遠だった弟が亡くなったときも、定型文を送るつもりだった。ところが通知の末尾に《弔問料支払済み》とあった。弟が生前、結弦の一日分を前払いしていた。

仕方なく会場へ行くと、参列者の多くも料金を免除されていた。弟は葬儀補助会社で働き、自分の残高を少しずつ他人の弔いへ回していたという。棺のそばには、幼い頃に兄弟で作った木の船が置かれていた。結弦は、弟がそれを保管していたことすら知らなかった。

参列者が一人ずつ話した。入院中に弟が毎週来たこと、失職したとき黙って食事を置いたこと、喧嘩別れしたまま謝れなかったこと。話は長く、予定の一日を超えた。超過分は結弦の口座から引かれ始めた。彼は退席ボタンへ手を伸ばし、止めた。

自分だけが知らない弟を、もう少し聞きたかった。

二日目の朝、結弦は棺の前で初めて声を出した。

「お前の時間を、ずっと安く見積もってた」

返事はない。だが言葉が終わるまで待つ人がいた。

葬儀後、結弦の寿命は二日短くなった。代わりに、彼は定型文しか残してこなかった二十年の重さを知った。

その後、結弦は弔問料を払えない人の付き添いを始めた。時間を寄付するのではない。会場まで歩き、席に座り、話が終わるまで帰らない。死者のためではなく、生き残った人が悲しむ時間を一人にしないためだった。

結弦は生きている人へ電話するようにもなった。死んでから一日を払うより、今の十分を使う方が安い。母の友人、昔の同僚、疎遠だった従兄。用件がなくても声を聞いた。葬儀で覚えたのは、別れに時間が要ることだけではない。別れになる前の時間にも、前払いが必要だということだった。