葬列官の荷札
「お荷物は枕元へ置いてください」
墓地の中に建つ宿〈帰らず亭〉には、生者も幽霊も泊まる。主人ラドゥは名簿を二冊つけ、透ける客には冷めない茶を、鼓動のある客には厚い毛布を出す。夜ごと廊下に落ちる燐火を拾うのも仕事だった。死者が料金を払えないときは、生前の思い出を一つ聞くだけでよい。ラドゥはそれを宿帳へ丁寧に書き留めていた。
結婚式の前日に亡くなった幽霊リノアは、最後の手紙を書くため一室を借りていた。指が紙をすり抜けるたび、主人が少し濃いインクを作ってくれたので、夜明けまでには書き終えられそうだった。
鐘が十三回鳴るころ、黒い馬車が壁を抜けて止まった。降りてきた葬列官は、期限を過ぎた魂を鎖で回収する冥府の役人だった。リノアの手紙を踏み、彼女を無理やり連れていこうとする。鎖が触れた場所から彼女の記憶が消え、花婿の名まで薄れ始めた。
ラドゥは客室係のように一枚の荷札を持ってきた。
「お預かり品はこちらですね」
荷札を葬列官の大鎌へ結ぶ。
その瞬間、鎌が枕元へ飛んだ。続いて鎖、馬車、黒衣、葬列官の影まで、すべてが「客の荷物」として一つずつ部屋へ運ばれる。最後に本人だけが裸の小さな骨札となり、枕の下へ滑り込んだ。消えかけたリノアの記憶は鎖からほどけ、手紙の文字へ一つずつ戻った。
リノアだけが、荷札の裏に大魔法使い〈境界宿り〉の印を見た。冥府と現世の門を一夜閉ざした者の紋章だ。
「あなたは死神より偉いのですか?」
「宿では主人が責任者です」
ラドゥは踏まれた手紙の皺を伸ばし、床の車輪跡を布で消した。黒い鎖はカーテン留めに変え、馬車の冷気は暖炉へくべる。墓地の鐘は十二回まで巻き戻され、他の客は誰も目覚めなかった。枕の下では骨札が抗議したが、主人がシーツを整えると黙り込んだ。
夜明け前、リノアは手紙を書き終えた。ラドゥがそれを町へ届けると約束すると、彼女の姿は朝日に淡くほどけていく。
空になった部屋で、主人は枕の下の骨札をさらに奥へ押し込み、いつもの案内を静かに繰り返した。
「お荷物は枕元へ置いてください」