蓮根の穴から見えるもの
伊吹野孝子は、買い物から戻る途中、階段で新婚の桃香と顕に呼び止められた。
二人は泥つきの蓮根を抱え、困った顔をしている。
「親戚から箱で届いたんですが、煮物しか思いつかなくて」
「煮物でいいじゃない」
「昨日も一昨日も煮物でした」
孝子は少し考え、「では、きんぴら」と答えた。
孝子は夫を亡くしてから、若い夫婦の笑い声を壁越しに聞くのが苦手だった。幸せを妬んでいるようで、自分でも嫌だった。だから廊下で会っても、挨拶だけで部屋へ戻っていた。
それでも、二人が危なっかしい手つきで蓮根の皮を剥くのを見ると、つい包丁を取り上げた。
薄切りにした蓮根を酢水へ放つ。顕が人参を切り、桃香が胡麻を炒る。
「穴があるのに、どうして折れないんでしょう」
桃香が蓮根を透かして見る。
「穴があるから軽くて、しなるのよ」
孝子は答え、自分でも少し驚いた。
胡麻油で唐辛子を温め、蓮根と人参を炒める。透き通ってきたところへ、醤油、酒、みりんを加える。水分が飛ぶまで混ぜると、甘辛い香りが部屋いっぱいに広がった。
最後に胡麻を振り、三人で小皿へ分けた。
蓮根はしゃきしゃきと音を立て、噛むほど甘い。唐辛子の辛さがあとから舌を温めた。顕が炊いた少し柔らかなごはんにも、濃い味がよく合った。
「夫もこれが好きだった」
孝子が言うと、二人は黙って続きを待った。
「でも、私が辛くしすぎるって、毎回文句を言った」
「今日は?」
顕が訊く。
「今日も少し辛いわね」
三人で水を飲み、笑った。
桃香は、引っ越してきてから孝子に嫌われていると思っていたと打ち明けた。
「笑い声がうるさいかなって」
「少しね」
孝子は正直に言った。
「でも、静かすぎるよりはいい日もある」
帰りに二人は、残りの蓮根を半分置いていった。次は挟み焼きを教えてほしいという。
孝子は戸を閉め、穴の向こうから覗くように薄切りを一枚持ち上げた。
台所には胡麻油と醤油の匂いが残り、壁越しの笑い声も、その夜は不思議と食卓の続きに聞こえた。