誰かの懐かしい味
土岐川岳志の料理は、懐かしさ九十八点を取ることで有名だった。
客が一口食べると、感情採点AIが幼年期の安心や家族の記憶を測る。点数は予約サイトへ即時表示され、九十を超える皿には半年先まで客が並んだ。
岳志は記録を研究した。昭和生まれには焦がし醤油、若者にはコンビニ菓子に似た香り、地方出身者には水の硬度まで合わせる。客は「祖母の台所を思い出した」と泣いた。
高校生の娘・ひよりだけは、店の料理を食べなくなった。
「全部、知らない人の思い出の味がする」
岳志は意味が分からなかった。高得点は喜ばせた証拠だ。亡き妻が作ったスープも分析し、万人が懐かしむ味へ改良した。塩分を下げ、甘みを足し、香りのピークを七秒目へ調整した。
ひよりは一口飲んで、箸を置いた。
「お母さんのは、こんなに上手じゃなかった」
妻のスープは、焦げた玉ねぎと多すぎる胡椒の味だった。岳志は正確なレシピを知らない。忙しい夜、妻が残り物で作り、三人で鍋から直接よそったことしか覚えていなかった。
閉店後、岳志は記録を切り、思い出せるままに作った。玉ねぎを少し焦がし、胡椒を入れすぎた。塩は味見しながら迷った。
翌日、そのスープを一皿だけメニューに載せた。
客の懐かしさは十二点。口コミには「雑味がある」「テーマが不明」と書かれた。ひよりは黙って全部飲み、最後に鍋をのぞいた。
「おかわりある?」
岳志は人気メニューを半分に減らした。予約は減り、評論家からは才能を捨てたと書かれた。かつての常連は、泣けない料理になったと言って離れた。店は六席の食堂へ移った。客ごとの幼年期を再現する代わりに、その日の自分が食べたいものを作った。失敗した煮物は、翌日のまかないになった。
点数は四十前後になった。
ある冬、ひよりが友人を連れてきて、焦げたスープを注文した。
「これ、うちの味」
友人の懐かしさはゼロだった。それでも、おいしいと言って笑った。
岳志は初めて、まだ誰の思い出でもない味を作れた気がした。