誰かまだ起きてる
皐月が〈誰かまだ起きてる?〉と送ったのは、二十三時三分だった。
高校の文化祭実行委員だった四人のグループチャットは、普段なら誕生日と大型連休の前だけ動く。けれど今夜、皐月は駅からの帰り道で、急に誰かの声が聞きたくなった。
大変なことがあったわけではない。会議で自分の案が採用されなかった。昼に誘った同僚は先約があった。電車では座れなかった。どれも明日になれば説明するほどでもない。それなのに、コンビニの白い照明の下で総菜を選んでいるうち、今日一日、仕事以外の言葉をほとんど発していないことに気づいた。
帰宅して十五分。腕時計を外し、鞄の中身を出しても、既読はゼロだった。
皐月は買ってきた春雨サラダの蓋を開けた。冷蔵棚の奥から取ったせいで、きゅうりまで冷えすぎている。レシートには、サラダ、肉まん、単四電池。肉まんは店を出る前に食べ、紙袋だけが鞄に残っていた。
〈なんでもない〉
追加で送ろうとした。
誰にも読まれていないのだから、まだ「なんでもない」に戻せる。送信を取り消せば、寂しくなった事実ごと片づく気もした。
そのとき、玄関の人感センサーが消え、部屋が一段暗くなった。皐月は自分の靴が揃っていないことに気づき、片方だけ向きを直した。もう片方はそのままにした。
四人のうち一人は早寝で、一人は夜勤があり、一人は最近引っ越した。今夜の生活を詳しくは知らない。知らないことは、関係が終わった証拠ではなく、今の時間を別々に過ごしている証拠でもある。
皐月は〈なんでもない〉を消した。最初の問いは残す。
答えが明日の朝なら、「もう寝たよ」と返ってくるかもしれない。それでもいい。今夜、誰かを探した自分まで、早く引っ込めなくていい。
春雨サラダを食べ終え、シャワーの湯を出す。温かくなるまでの水音が、誰かの返事の代わりに部屋へ満ちた。
スマホはテーブルに置いたままにした。誰も起きていない夜に、皐月一人が起きている。それだけで、今夜の人数はゼロではなかった。