赤い丸は不正解ではない
春日井琴葉が資格試験のために買った中古問題集には、赤い丸がいくつもついていた。不思議なのは、正解ではなく誤答の選択肢ばかり囲まれていることだった。
琴葉は二度目の転職に備えて勉強していた。今の職場を辞めたいのに、試験まで失敗すれば逃げ道がなくなる気がした。模試の点数を伏せたまま問題集を閉じた夜、矢萩は何も聞かず「復習は明日でいい」と言った。奥津は励ましの菓子を机へ置き、逸見は新品への交換を勧めた。それでも増えた赤丸だけが、間違えた場所を見ないふりにしなかった。
模試で落ち込んだ翌週、琴葉が間違えた場所にも新しい丸が増えた。本は自習室に置いている。触れられるのは講師の矢萩、友人の奥津、問題集を譲った受付の逸見の三人。
手掛かりは三つ。丸の横にある日付は昨年の試験日。選択肢の横には答えでなく「私も」と読める薄い跡。そして赤ペンの軸には、矢萩がいつも噛む小さな傷があった。
奥津は赤ペンを持っておらず、逸見は中古本を渡した後に頁を開いていない。三つの手掛かりを重ねれば、残るのは矢萩だった。琴葉が丸のついた誤答を示して「先生も、ここを選びましたか」と尋ねると、彼女は答えられなかった。
琴葉が尋ねると、矢萩は教師用の笑顔をやめた。
彼女は一度目の試験に落ちていた。今は首席合格者として紹介されているため、誰にも話していない。その問題集は、失敗した年に使ったものだった。
「あなたが模試の点を隠して泣いていたから、同じ間違いをした人がいるって伝えたかった。でも講師の私が落ちたと言えば、不安にさせると思って」
赤い丸は不正解の印ではなく、孤独を半分にする印だった。
「それなら、最初から言ってください」
「格好をつけました」
「先生でも?」
「先生ほど」
二人は帰り道、コンビニのおでんを買った。矢萩が大根を選び、琴葉は同じものを指す。
熱い出汁を吸った一口を噛みながら、琴葉は問題集の今日の誤答へ赤丸をつけた。その隣に、自分で小さく書く。
〈私も。でも次は違う〉
矢萩が覗いて笑った。
「その書き込みは、満点です」