赤い字幕

映像編集者・硯川彼方が浴室で亡くなってから百日目、恋人だった歌手・新津碧の新曲として、一本のリリックビデオが予約公開された。

編集者欄には、彼方の名前。

タイトルは『RED』。

彼方は碧の全作品で映像を作り、派手な色を嫌った。赤は警告にしか使わない。それでも亡くなる前夜、碧へ「次の映像は赤が主役」と伝えていた。碧はそのメッセージを警察には見せていない。

イントロで白い字幕が脈打ち、暗いポップビートに合わせて一文字だけ赤くなる。

「赤を見て」

碧は自宅から生配信で初公開を見守った。彼方の死は転倒事故とされた。二人は別れ話の最中だったが、碧はそれも伏せた。発見時、浴室の床は不自然なほど乾いており、彼方の編集用カメラだけが見つからなかった。発見者は碧。入浴中に足を滑らせたのだと、泣きながら説明した。

再生画面の下では、赤い文字が出るたびタイムコードが一秒だけ巻き戻る。彼方が編集ミスをするはずはない。

Aメロの赤い文字を拾うと、〈か・が・み〉になる。視聴者がコメント欄で騒ぎ始める。碧は笑って、彼方らしい謎解きだと言った。

「赤を見て。小さい赤を」

サビで映像が浴室のCGへ変わる。鏡、蛇口、濡れた床。どこにも血はない。だが画面が一拍ごとに拡大されると、鏡の隅に赤い点が映っていた。

録画中のカメラランプ。

彼方は事故の夜、浴室に小型カメラを置いていた。別れ話を記録し、碧が過去の暴力を否定できないようにするためだった。碧はその存在を見つけ、データを消したつもりだった。しかし鏡に映った赤いランプだけは、彼方が事前に作った素材へ残っている。

映像の最後、鏡の中に人影が立つ。顔は映らない。けれど手首の三日月形の痣は、配信中の碧と同じだった。

碧が立ち上がると、パソコン上部のランプが赤く点灯した。予約動画が、彼女の配信カメラへ自動で切り替わる。

「赤を見て」

碧は初めて、その言葉どおり自分の目の前の赤を見た。

最後の一音は曲の中ではない。警察が保存を始めた現在の映像、その録画開始音だった。