赤い点滅
志乃は、ときどき自分が透明になったように感じる。
在宅勤務の画面を閉じ、誰とも話さず一日が終わる。宅配の受け取りも置き配にしている。既読の数字は増えても、声は使わない。
その夜、ノートが切れた。
スマートフォンへ書けば済むのに、志乃は午前二時のコンビニまで歩いた。
入口の上に、防犯カメラがある。
黒い半球の奥で赤い点が一つ、規則正しく光っていた。
点いて、消える。
点いて、消える。
誰かが見ていても見ていなくても、点滅の間隔は変わらない。
店内の照明は白く、床にはワックスの薄い光がある。志乃が歩くと、棚の端で自分の影が短く伸びた。
文具棚で小さな罫線ノートを取る。
レジへ向かう途中、カウンター裏の監視モニターが見えた。八つに分かれた画面の一つに、自分が映っている。黒いコート、ノートを持つ手、少し猫背の背中。
志乃は立ち止まりそうになった。
画面の中の自分は小さいが、確かに場所を取っていた。菓子棚と飲料棚の間に一人分の隙間を作り、床へ影を落としている。
別の画面には、店の奥で雑誌を読む客が映っていた。さらに別の画面には、店員が段ボールを開けている。
誰も互いを見ていない。
それでも、同じ時刻の同じ建物に、三つの動きがあった。
防犯カメラは志乃を心配しているわけではない。赤い点滅も、存在を祝っているわけではない。ただ記録のために点いている。
その無関心さが、今夜は少し楽だった。
レジでノートを買う。バーコードの音。レシートが出る音。自動ドアの電子音。
外へ出ると、カメラの赤い点はガラス越しにまだ見えた。
部屋へ戻り、志乃はノートの一ページ目を開いた。
何を書くか決めていなかったので、日付と時刻だけを書いた。
二時二十七分。
数字の下には広い余白が残る。
今日の出来事を説明できなくても、ここにいたことは一行で足りる。
志乃はペンを置き、ページを閉じなかった。
朝までの数時間、自分の姿を自分で見失わなければ、それでよかった。