赤い糸が切れるまで
祖母の形見の着物を、孫娘は結婚式の衣装へ仕立て直していた。
白いドレスではなく、着物の裏地を使った濃紺のスーツ。
相手も女性だった。
祖母は生前、
「いつか花嫁衣装に」
と着物を残した。
孫娘は祝ってもらえない気がして、交際も結婚も話せないまま、祖母を亡くした。
裁縫箱に一本だけ赤い糸があった。
針へ通し、最初の縫い目を引くと、机の向こうへ祖母が現れた。
祖母は、一本の糸が切れずに布を通っている間だけそこにいられた。
「ずいぶん男前な花嫁衣装」
第一声に、孫娘の手が止まる。
「やっぱり嫌?」
「襟が曲がってるのが嫌」
祖母は針を持てない指で、縫う位置を指した。
二人は昔のように口喧嘩しながら作業した。
孫娘は、相手のことを話した。
同じ会社で働き、風邪のときに粥を作り、喧嘩すると三日黙る人。
祖母は、
「三日は長い」
とだけ言った。
「女同士なのは?」
祖母はしばらく布を見た。
「驚いてる」
胸が固くなる。
「嫌ではないの?」
「驚いたまま、好きな人の話を聞くことはできる」
欲しかった完璧な祝福ではなかった。
だから、祖母の本当の返事に思えた。
祖母にも心残りがあった。
若い頃、洋裁学校へ行きたかった。
家の都合で和裁を続け、ズボンを縫うと母親に怒られた。
孫へ着物を残したのは、伝統を守らせるためだけではない。
「私が切れなかった布を、好きな形に切ってほしかった」
「言ってよ」
「言ったら、あなたは反対の形にするでしょう」
「今もしてる」
「だから間に合った」
赤い糸が残り少なくなる。
最後のボタン穴を縫えば終わる。
「式に来てほしかった」
孫娘が言う。
祖母はうなずいた。
「見えない席を用意する?」
「要らない」
「薄情」
「生きてる人の席を一つ減らす方が薄情でしょう」
祖母は、相手の隣へ堂々と立て、と言った。
許可ではなく、小言の形だった。
最後の縫い目で糸がぷつりと切れた。
祖母の姿も消えた。
式の日、空席は作らなかった。
祖母の写真も祭壇へ置かない。
代わりに、祖母の着物を切って作ったスーツを着て、相手と並んだ。
襟は少し曲がっていた。
直す時間はあったが、そのままにした。
祖母が最初に文句を言った場所を、見送った人の印ではなく、二人で完成させた不揃いな一針として残した。