踊り続けて
杜若ナズナは、匿名作曲家〈STEP〉の曲だけで踊るダンサーだった。
〈STEP〉は彼女の動きを一拍先に知っていた。右へ跳ぶ前に右の音が鳴り、膝をつく前に低音が沈む。ナズナは「身体を読まれている」と感じ、その不気味さごと人気になった。
送られるメッセージは一つ。
「踊り続けて」
最終公演は、地下クラブ〈ORBIT〉での一回限りの演奏だった。オーナーの牧名田轟は、今夜こそ〈STEP〉本人が客席にいると煽った。
イントロ。ナズナが腕を上げるより先に、シンセが上昇する。足を引くより先に、キックが一つ抜ける。
Aメロの途中、彼女はわざと振付を変えた。曲も即座に変わった。事前に書かれた音源ではない。天井のカメラが骨格を読み取り、次の動きを予測して音を生成している。
「踊り続けて」
イヤーモニターに、低い男の声が入った。いつもの合成音ではない。牧名田の声だった。
ナズナは思い出す。初めて〈STEP〉の曲を渡したのも牧名田。契約には「動作データの無期限利用」と小さく書かれていた。彼はナズナの身体を作曲装置として売り、匿名の天才を演じていた。
サビで照明が赤く回る。予測映像には、数秒後のナズナが舞台端へ走り、床の昇降口へ落ちる姿が表示された。
牧名田の演出だ。事故として話題を作り、動作モデルだけを残すつもりだった。
ナズナは舞台中央で、完全に止まった。
曲も止まる。
観客がざわめく。牧名田が制御室から怒鳴る。
「踊り続けて!」
最後だけ、それは創作の励ましではなかった。
動かなければ音楽も商品も成立しない男が、所有物へ下す命令だった。
ナズナが一歩も動かないため、匿名作曲システムは次の音を作れない。沈黙の中、制御室のマイクだけが開いたままになる。
――落下口を開けろ。止まるなら押せ。
その声が会場中へ響く。スタッフが牧名田を取り押さえ、昇降口の電源を切る。
最後の一音は、ナズナが鳴らしたものではなかった。
踊るのをやめた彼女の代わりに、牧名田の手錠が閉じる音が、匿名作曲家の正体へ拍を打った。