踊れなかった夜に差し出された舞台
舞姫ベリルは、王の祝宴で転んだ。
曲の最も高い跳躍で靴紐が切れ、杯の塔へ突っ込んだ。怪我人はいなかったが、宮廷舞踏団は翌朝、彼女の名を演目表から消した。
「観客の前で立てない者に舞台はない」
衣装を返すため劇場へ行くと、客席に三人がいた。
近衛隊長アルベルトは儀礼剣を舞台袖へ置いた。
「式典隊へ来てほしい。歩調と合図を決める役を任せる」
旅芝居の座長ニケアは、最前列の隣席に赤い布を掛けた。
「次の町で新作を出すの。主役の席は、あなたが断るまで空席よ」
宮廷密偵ザファルは、裏口に覆い付きの馬車を待たせていた。
「表舞台が嫌なら、姿勢を読む仕事がある。帰りも私が送る」
三つの誘いに答える前に、劇場支配人が現れた。名誉挽回のため一度だけ踊れと言う。
アルベルトは転倒の瞬間にも杯から子どもを庇った動きを見ていた。ニケアは、笑われながら最後の礼まで崩さなかった姿を覚えていた。ザファルは切れた靴紐を密かに持ち帰り、刃物の跡を確かめていた。三人の勧誘は同情ではなかった。
ベリルは舞台へ出た。だが最初の回転で床板が沈み、足を取られて膝をつく。客席の笑いが、あの祝宴の記憶と重なった。
また失敗した。
「もう見ないでください」
ベリルは靴を脱ぎ、三人へ背を向けた。
「勧誘も忘れて。私はどこへ行っても、皆の顔に泥を塗る」
客席から人影が消えた。
やはり誰も残らない。そう思った瞬間、舞台の下から声がした。
アルベルトは沈んだ床板を肩で支え、ニケアは客席の赤布を裂いて板の隙間へ印を付け、ザファルは仕掛けられていた細い切断糸を拾い上げた。
「転んだのは踊りのせいではない」とアルベルト。
「祝宴の靴紐にも同じ切り口があったわ」とニケア。
ザファルは馬車の扉を開けたまま、支配人の逃げ道を塞ぐ。
「二度も立ち上がった人を、失敗者とは呼ばない」
三人は舞台の上へ戻った。
儀礼剣は袖に残り、赤い席は空き、裏口の馬車には灯がともっている。どの舞台に立つか、ベリルはまだ選ばない。
けれど壊れた床の四隅を三人が押さえ、彼女が次に踏み出す場所だけは、もう沈ませなかった。