車庫へ続く低い音

 最終列車には、夜を終えた制服がいくつも乗っていた。

 律の隣には警備会社の紺色、斜め向かいには厨房の白、ドアのそばには宅配便の緑。誰も職場ではない顔で座り、鞄を抱え、靴先を同じ方向へ揺らしている。

 律は駅ビルのパン店で閉店作業をしてきた。売れ残りを数え、床を磨き、オーブンのスイッチを確かめる。店を出ても、換気扇の回転音が耳の奥に残っていた。

 終電の空調も似た低さで回っている。ごう、と続き、駅へ停まると一度薄くなる。窓の外では雨が照明を細く伸ばし、車輪の音がその線を一定の速さで切っていった。

 厨房服の女性が紙袋から小さなパンを出した。つぶれた丸パンを半分だけ食べ、残りを包み直す。律の店の商品ではない。甘い匂いも届かない。それでも、同じように食べ物のそばで一日を終えた人だと分かった。

 女性は律の駅の一つ前で降りた。立ち上がるとき、紙袋の底が座席へ触れて、かさりと鳴る。律と目が合い、互いにごく小さく頭を下げた。制服へ向けたのか、同じ終電へ向けたのかは分からない。

 終点が近づくと、車内放送が「この列車は到着後、車庫へ入ります」と告げた。警備員は帽子を膝へ置き、宅配便の人は濡れた袖口をハンカチで拭いた。誰も互いの名前を知らないまま、それぞれ同じ案内へ顔を上げた。

 駅へ停まるたび一つずつ制服が減り、座席には短いへこみだけが残った。照明は変わらず白く、空調は空いた場所へも同じ風を送っていた。

 客を運ぶ仕事が終わっても、列車はもう少し走る。車庫までの線路を、照明を落とし、誰もいない座席を連れて進む。

 律も部屋へ帰れば、制服を脱ぎ、シャワーを浴びるだけだ。誰かと夕食を囲む予定はない。余ったパンを一つ持ち帰ったが、今夜食べるかも決めていない。

 モーターの低い音がゆるみ、終着ホームへ入る。律は立ち上がり、緑や紺の制服の人たちと別々のドアへ向かった。

 仕事の夜は、誰にも見送られなくても同じ線路を少しずつ帰っていく。律は紙袋を抱え直した。部屋で一人、冷めたパンを食べることが、今夜は寂しさの証明にはならない気がした。