転ばないための一歩

人型ロボットの開発室で、岩代真尋は「失敗する歩き方」ばかり作っていた。

床へ細い棒を置き、片足をわざと滑らせ、押された瞬間の関節を記録する。成功動画にならない試験へ時間を使う真尋を、開発本部長の池月義久は嫌った。

「まっすぐ歩く製品に、転ぶ練習を何千回もさせる。成果物のない給料泥棒だ」

国際技術展の一か月前、池月は真尋を解雇した。反射制御は未完成として削除され、予定どおり歩く演出だけが残された。

技術展当日、旧会社のロボットは拍手の中を進んだ。だが床に落ちた充電ケーブルを踏み、右足が二センチ横へ滑った。台本にないずれだった。

ロボットは姿勢を戻せず、ゆっくり展示台へ倒れた。映像は世界へ配信され、倒れた機体の切り抜きが広告映像より先に拡散した。予約注文は停止。池月はケーブルを置いた運営側を責めたが、「家庭にはもっと多くの障害物がある」と批判された。

真尋は倉庫で災害支援ロボットを作る新会社へ移っていた。彼女は転倒を消そうとせず、崩れた姿勢から次の一歩を選ぶ制御を組んだ。ロボットはよろめき、膝をつき、それでも荷物を落とさず立ち直った。真尋は成功回数より、失敗から戻るまでの時間を毎日一秒ずつ縮めた。

半年後、自治体合同の災害訓練が行われた。瓦礫を模した道で、各社の機体が競う。

池月の改良機は平らな迂回路を選んだ。真尋の機体は壊れた階段を上り、途中で板が沈んでも片手を壁につき、医薬品を最上階へ届けた。予定経路が崩れても、自ら足場を選び直した。

投資会社の代表が、その場で次期資金調達の結果を発表した。

池月は立ち上がり、自社には量産工場があると訴えた。

代表は倒れた旧機の映像と、立ち直った新機の軌跡を重ねた。

「量産したいのは転ばない広告塔ではありません。転んでも任務を続ける技術です」

百億円規模の出資先として新会社の名が表示され、最高技術責任者欄に岩代真尋が映った。同時に、池月の会社への追加出資は中止と確定した。