辺境茶園の一煎目

学院教授ディーンは、「魔力回復薬より休息のほうが効く」と論文に書いて職を失った。

研究費を浪費する異端者と呼ばれ、辺境の霧深い斜面へ追放された。

そこで彼は薬草ではなく、古い茶樹を一列だけ植え直した。

最初の冬に半数が枯れ、残った木も雪で枝を折った。ディーンは論文を書く代わりに風除けを組み、失敗の理由を土へ尋ねた。答えは毎朝少しずつ、芽の色や根元の湿りとして返ってきた。

二年目の春。

枝先に、淡い緑の新芽が揃った。

朝霧が上がる前、ディーンは籠を腕に掛ける。

摘むのは一芯二葉だけ。芽を全部奪えば、次が育たない。

親指と人差し指でつまむと、柔らかな茎がぷつりと折れた。

一芽、また一芽。

摘んだ枝先には次の葉を二枚残す。自分の都合で全部を取り尽くさないことは、学院で教えたどの理論より単純で、守るのは難しかった。

若葉は羽根のように軽いのに、籠へ積もるほど青い香りが濃くなった。

学院では成果を重さと本数で競った。ここでは少なく摘むほうが、来年を豊かにする。

小屋へ戻り、葉を鉄鍋で軽く炒る。

ぱちぱちと水気が飛び、青臭さが花に似た香りへ変わった。掌で揉み、再び乾かす。

ちょうど一杯分になったころ、学院の転送鏡が勝手に光った。

学長の顔が浮かぶ。

『教授、学生たちが回復薬の過剰摂取で倒れた。君の論文どおり休ませたら改善した。復職を許可する。直ちに戻れ』

「許可、ですか」

『名誉なことだぞ』

ディーンは答えず、湧き水を沸かした。

沸騰した湯を少し冷まし、茶葉へ注ぐ。透明な湯がゆっくり黄金色になる。

湯気には、雨上がりの葉と日向の藁を合わせたような香りがあった。

一口すする。

ほのかな渋みのあと、舌の奥に甘さが残る。身体のどこかが強化されたわけではない。ただ、呼吸が自然に長くなった。

『聞いているのか』

「ええ。だから、まず一杯休みます」

『転送門を開くぞ』

「茶は急に運ぶと香りが逃げます。私も同じです」

鏡の光を布で覆う。

炙った麦パンを割り、山羊乳のチーズを添えた。

外の茶樹には、摘まずに残した芽が霧の雫を抱いている。

ディーンは二煎目の湯を注いだ。

学院の時計が何度鳴ろうと、この一杯を飲み終えるまで、世界を救う研究は始まらなかった。