逃走袋に入っていた王冠
盗賊団《黒燕》の王宮潜入は、仮面を着けた瞬間に失敗した。
「衛兵長の顔はどれだ?」
団長レジオが袋から仮面を引き抜く。出てきたのは老侍女の顔。隣の男が被った仮面は、今夜盗むはずの王冠を戴く国王そのものだった。
見張りの合図まで残り一分。衣装袋には衛兵服、料理人服、喪服が絡まり、鍵束も毒針も同じ底で音を立てている。
昨日まで荷物持ちのクォナが、侵入経路ごとに袋を分けていた。青紐は正門、灰紐は厨房、赤紐は逃走用。中身は取り出す順に重ね、暗闇でも留め具の形だけで役を判別できた。
だがレジオは、分け前を要求した彼女を「袋を背負うだけの鼠」と追放した。空いた袋がもったいないと、全経路の道具を一つへ詰め直した。
「もう選んでいる暇はない!」
団員たちは手にした服を着た。衛兵の兜に侍女の前掛け、料理人の白衣に王冠の仮面。隠し扉を出た途端、巡回兵が立ち止まった。
「仮装祭は来月だぞ」
警鐘が鳴る。王冠へ触れる前に、《黒燕》は自分たちの袋を捨てて逃げた。逃走用の煙玉を投げたつもりが、宴会用の胡椒壺だった。白い廊下にくしゃみだけを残し、団員は別々の窓から転げ落ちた。
同じ夜、クォナは市警の証拠庫で押収品を並べていた。
「青札は現場、白札は容疑者の所持品。混ぜたら裁判で使えません」
捜査官ナッシュが封印を確かめる。誰が、いつ、どこで拾ったかが紐の結び目で追えるようになっていた。
「盗賊団で覚えた整理を、こちらで使うとはな」
「道具は、持ち主より正直です」
その仕組みで、冤罪になりかけた露店商の品と盗品が別物だと判明した。釈放された商人は、証拠袋を整えたクォナへ何度も頭を下げた。盗賊時代には一度も得られなかった礼だった。ナッシュはクォナへ《証拠保全官》の徽章を渡す。
「隠すためではなく、真実をなくさないために袋を使ってくれ」
夜明け前、レジオの暗号鼠が窓へ上った。
『戻れ。次は必ず成功する。逃走袋だけ作れば分け前を二倍にする』
クォナは徽章を胸へ留め、暗号紙を鼠の首へ戻した。
『路地へ私物を投げ捨てられた時点で、黒燕との荷役契約は終了しています』