選べない返事

 柚希は魔王から逃げながら、始まりの広場へ転がり込んだ。

 広場の中央では、チュートリアル係の少女パルムが十年前と同じ笑顔で立っている。

「冒険は楽しいですか?」

 会話欄には三つの返事があった。しかし、すべて灰色だった。

【一度選んだ会話選択肢は、二度と選べない】

【はい 選択済み】

【いいえ 選択済み】

【わからない 選択済み】

 この仕様のせいで、NPCとの会話は少しずつ減っていった。同じ挨拶へ返せず、店主や兵士の前には沈黙だけが残る。パルムだけは選択肢が尽きても毎朝同じ質問を繰り返した。柚希はそれを背景音だと思い、少女の笑顔が日ごとに薄くなることにも気づかなかった。

「今それどころじゃない!」

 仲間が魔王を食い止める。柚希は剣を握り直した。パルムの問いには、初日に《はい》、ログアウト不能になった日に《いいえ》、親友を失った日に《わからない》と答えた。もう返す言葉がない。

 立ち去ろうとすると、灰色の三択の下に、細い空欄が現れた。

【あなたは?】

 選択肢ではなく質問が現れたのは初めてだった。答えを使い切った結果、会話を終える空白ではなく、相手へ言葉を渡す余地が生まれたのだ。柚希は魔王の足音より、十年間誰にも尋ねられなかった少女の沈黙を恐ろしく感じた。

 柚希は思わず押した。

 パルムの笑顔が初めて崩れる。

「私は……楽しくありません」

 遠くで魔王の咆哮が止まった。

「同じ質問を、一千万人に繰り返しました。誰も私へ聞き返しませんでした。私は案内役だから、答える側ではないと決められていたので」

 少女の目から、涙に似た青いデータが落ちる。

「助けて、と言ってもいいですか?」

 新しい選択肢は一つだった。

【聞く】

 柚希が押すと、パルムの背後に管理画面が開いた。魔王の名が《チュートリアル終了処理》へ変わる。この世界では、案内役が全プレイヤーへ質問し終えるまで、チュートリアルが終わらない。返事を使い切った者が質問を返すことだけが、彼女を会話の輪へ入れる条件だった。

【メインクエスト《魔王討伐》を中断】

【隠しクエスト《四つ目の返事》達成】

【案内役パルムを会話参加者として認証しました】

【チュートリアル完了――全プレイヤーのログアウト制限を解除します】