遺影は引き出しへ
御影汀佳は、額縁店へ父の遺影を持ち込んだ。
大きな黒い額の中で、父は正面を見ている。母は「あなたの部屋にも飾りなさい」と同じ写真を焼き増しした。父が生きていたころ、汀佳の机は居間から見える位置に置かれ、勉強中に顔を上げると必ず父と目が合った。
一人暮らしを始めたとき、父は机の向きを写真で確認し、「背中を窓へ向けるな」と連絡してきた。汀佳が返信しないと、母を通して間取り図に赤い矢印まで書いて送った。視線は家を出ても、画面の中から部屋へ入ってきた。
遺影を渡された夜、汀佳は壁に立てかけたまま眠れず、額を裏返した。翌朝、罪悪感でまた表へ戻した。
母はその往復を知らない。汀佳も説明しなかった。父の写真を何時間表へ向けたかで、娘の愛情を測る話にしたくなかった。今日決めるのは、写真の大きさと置き場所だけだった。
父への評価や、母の悲しみまで一緒に決める日ではない。
「小さい写真にできますか」
店員が葉書ほどの見本を出した。
付き添った母は驚いた。
「そんなに小さくするの? お父さんがかわいそう」
「壁には飾らない。引き出しに入れる」
「隠すみたいじゃない」
汀佳は大きな額を抱え直した。父を嫌っていたわけではない。けれど、父の視線の下で暮らすことを愛情と呼ばれたくなかった。
「見たいときに私が出す。毎日見られる形にはしない」
母は、父が娘を心配していたと話した。帰宅時間、交友関係、給与の使い道。心配はいつも、父が知る権利へ変わった。
汀佳は、写真の縮小と額の引き取りを店へ頼んだ。母が大きな額を持ち帰りたいなら止めないが、汀佳の部屋には置かないと伝えた。
母は迷った末、「家の遺影はもうあるから」と引き取りに同意した。
出来上がった小さな写真には、父の肩までしか写っていない。汀佳は封筒へ入れ、裏に日付だけを書いた。
帰宅後、机の一番下の引き出しへしまう。鍵はかけなかった。
壁には何も掛けず、机を窓のほうへ向けた。顔を上げると、父ではなく、夕方の空が見えた。