部長の鞄にいた魔法少女
福丸智恵は、二十七歳になっても魔法少女アニメ〈プリズム・ノート〉のミナを推している。職場では言わない。以前、飲み会でアニメの話になったとき、男性社員が「大人の女が魔法少女ってきつい」と笑ったからだ。
智恵はミナの小さなラバーチャームを、通勤鞄の内ポケットへ付けていた。外から見えない場所なら、朝に触れて気持ちを整えられる。
出張先で鞄の裏地が破れ、チャームが床へ落ちた。拾ったのは部長の大槻慎吾だった。五十代で、無駄話をせず、若手の流行には疎いと思われている。
智恵は奪うように受け取った。
「姪にもらっただけです」
また存在しない親族を作った。その場にいた同僚が「福丸さん、魔法少女好きなんですか」と面白がる。
慎吾は自分の鞄を開き、同じミナの刺繍ワッペンを見せた。派手な変身姿ではなく、最終回で制服に戻った場面の絵だ。
「私物の好みを説明する義務はない。それと、この作品を子ども向けという理由だけで下に置く話には賛成しない」
同僚は驚いて黙った。
移動中、智恵は理由を尋ねた。娘の影響だろうと思ったが、慎吾は首を振る。
「放送当時、単身赴任先で偶然見た。失敗した人が、変身せずに謝りに行く回が好きです」
智恵が好きなのも同じ回だった。ただし彼女は、謝ったあとミナが一人で泣く場面を大切にしている。感想は少し違った。
「部長が同じ推しだと、なんだか変ですね」
「年齢と役職で、好きなものの許可証は変わらないでしょう」
慎吾はそれ以上、イベント参加やグッズの数を聞かなかった。男性上司と趣味を共有することに、智恵が警戒しているのも分かっているらしい。
帰宅後、智恵は破れた内ポケットを縫った。チャームを再び内側へ付ける手が止まる。外へ見せることだけが自己受容ではない。それでも、存在しない姪に預けたままにはしたくなかった。
翌朝、チャームを鞄の持ち手へ移した。誰かに聞かれたら「私が好きなんです」とだけ答えるつもりで。
慎吾の鞄のワッペンとは形も位置も違う。ミナは二つの鞄で、それぞれの持ち主を出勤させた。