金鎖を着けない宣誓
エヴァは金属の触れ合う音が嫌いだった。
捕虜だったころ、廊下の鎖が鳴るたび尋問が始まった。今でも首飾りの留め金が鳴るだけで、息が止まる。
ユリウス公爵は理由を聞かなかった。
婚約の贈り物に宝石を選ばず、音のしない絹のリボンを一本贈った。晩餐では銀食器が触れないよう、彼女の皿だけ木製の受け台に置かれている。
部下の嘘を一度も許さず、敵将の命乞いにも表情を変えない男が、エヴァの小さな瞬きだけは見逃さなかった。
公爵夫人としての叙任式。大広間には、代々受け継がれた黄金の首鎖が用意されていた。
「これを着け、陛下の前に跪いてください」
侍従が鎖を持ち上げる。輪が重なり、しゃらりと鳴った。
エヴァの足が固まる。
「早く」と王室典礼官が促した。「公爵家へ入る栄誉ですぞ」
ユリウスが鎖を受け取った。
一瞬、着けてくれるのだと思った。彼の妻になるなら、過去くらい克服しなくては。
だがユリウスは首鎖を台へ戻し、布を掛けた。
「彼女は着けない」
「拒否は認められません。爵位と忠誠を示すものです」
「忠誠は首輪で測るのか」
典礼官が青ざめた。
国王が不機嫌そうに言う。
「公爵、妻を甘やかすにも限度がある。跪かせ、鎖を着けよ」
ユリウスはエヴァへ手を伸ばさなかった。跪くのを止めるために身体を抱くこともしない。ただ、玉座と出口の間から退く。
「叙任を受けたいか」
「受けなければ、私はあなたの正式な妻になれません」
「ならなくてもいい」
胸が痛むより先に、彼は続けた。
「私が要らないという意味ではない。形式を拒む権利まで失って、私を選ぶ必要はない」
国王が声を荒らげる。
「公爵家の継承はどうする!」
「彼女の恐怖を踏み台に継ぐ家なら、私の代で終わらせる」
大広間が凍りついた。
エヴァは絹のリボンを胸元で結び直した。
「跪きません。鎖も着けません。それでも認められるなら、叙任を受けます」
ユリウスは玉座へ向き直る。
「本人の条件だ。受け入れるか、式を終えるか、陛下がお選びください。エヴァにはもう何も強制させません」