針のない羅針盤は歓迎を指す
三つ目の町でも、門は開かなかった。
戦火を逃れた百二十人を率いるバシュは、降り始めた雨の中で通行証を掲げた。だが町長は「食料が足りない」と目をそらす。後ろには幼子も、足を負傷した老人もいる。次の町までは五日。荷車の麦は二日分だった。
道中で倒した追剥頭の宝箱から、バシュは一度だけ旅装ガチャを引いていた。
出たのは、針のない古い羅針盤。
【N:壊れた帰路盤】
【帰るべき方角を示します】
故郷は焼けた。戻る家などない。皆が外れだと思い、バシュも箱へしまっていた。
その夜、門外のぬかるみで子どもが尋ねた。
「僕たちは、ずっとお客さんなの?」
バシュは答えられず、羅針盤を開いた。
針のない盤面に、一滴の雨が落ちる。水滴は中央で止まり、北でも南でもない山間へ細い線を伸ばした。街道から外れた、地図には何もない方角だった。
彼は一度だけ盤を信じた。
何人かは、地図にない道へ進むことを怖がった。バシュは命令せず、羅針盤を全員へ回した。盤面の光は誰が持っても同じ方角を指し、最後に子どもの手でも消えなかった。
「一人の思いつきじゃない。僕たち全員の帰る先らしい」
その言葉で、荷車の向きが一台ずつ変わった。
雨の中を半日進むと、蔦に埋もれた石門が現れた。門柱には古代文字で「拒まれた者が、自ら迎える者になる土地」と刻まれている。バシュが触れると、門は百年ぶりに開いた。
谷の内側には、清い川、実った野生麦、屋根の残る空き家があった。倉には種と農具が保存され、中央の炉には火種まで眠っている。
誰かが用意した楽園ではない。住む者が途絶え、次に居場所を必要とする人々へ託された開拓地だった。
バシュは門を閉めなかった。入口の泥を払い、「次に来る人のため」と灯りを一つ吊るした。百二十人は客ではなく、この谷で最初に誰かを迎える住民になった。
針のなかった盤面に、小さな家の印が生まれる。
【新共同体による相互歓迎条件を達成】
【世界唯一級UR《帰郷羅針盤・まだない故郷を指すもの》、所有者登録完了】