針圧二グラムの言葉

宇田川小夜は、親友のメッセージを三週間未読にしていた。

飲み会で言われた「小夜って、何をされても怒らないよね」が、冗談として流されたからだ。怒ったと伝えるのも大げさに思え、笑って済ませた自分にも腹が立った。関係を切るなら黙って消えたい。続けるなら何もなかった顔をする。相手を責める文章は下書きに十通あり、送る気のない優しい返事も三通あった。その二択しか浮かばなかった。

「二グラム」という小さな店で、室内楽のLPを見つけた。ジャケットの隅に〈推奨針圧 2.0g〉と印刷されている。

店主は試聴前に、針圧計をターンテーブルへ置いた。針を載せると、表示は1.6。重りを少し回し、2.1。戻して、2.0。軽すぎれば音が跳び、重すぎれば溝を傷めるらしい。

「だいたい二では駄目なんですか」

「再生はできます。でも、この盤は指定があります」

針を落とすと、四本の弦が近い距離で鳴った。強い音のあとに弱い音が続いても、どちらも消えない。店主は音量を変えず、最後まで聴かせた。

会計のレシートには、検盤記録として〈2.0gで再生確認〉と印字された。店主はそれを二つ折りにせず、まっすぐジャケットへ差し込んだ。数値が見える。

小夜は未読のメッセージを開いた。

《この前ごめん。なんか怒ってる?》

謝罪はあるが、何に対してか分かっていない。小夜は長文を書き、すべて消した。軽くしすぎれば伝わらない。重くしすぎれば、相手を傷つけることだけが目的になる。

《あの言葉で傷ついた。笑ったけど、本当は嫌だった。まずそこを分かってほしい。会うかどうかは、返事を読んで決める》

五十二文字。短いが、笑顔の絵文字で軽くはしなかった。過去の不満をすべて載せて、溝を潰すこともしなかった。十分かどうかは分からない。

それでも今の小夜に必要な重さだった。

送信すると、すぐ既読がついた。

返事を待たず、小夜は二グラムで再生された盤を抱えて店を出た。黙って消えるより重く、すべてを壊すより軽い言葉が、画面の向こうへ針を下ろしていた。