銀糸の包帯
城将アレシオは、降伏交渉の一刻前に死んだ。
胸を槍で貫かれ、医師ミリアム・セフの膝で息を止めた。だが敵は、アレシオ本人としか停戦を結ばない。死を知れば夜明けを待たず攻めてくる。
ミリアムは遺体の胸へ包帯を巻いた。白布の端に銀糸が七本。城の軍医だけが使う縫い方で、切った糸の数が命令になる。三本切れば『民を退かせ、兵は残れ』。
敵との遺体交換は城門の鉄格子越しに行われた。敵将の弟の遺体を返し、代わりに半刻の停戦を得る。その場へアレシオが姿を見せる約束だった。
ミリアムは鎧を着せた遺体を椅子へ縛り、格子の暗がりへ座らせた。顔は兜の頬当てで隠す。背後から兵二人が椅子を支え、呼吸するようにわずかに揺らした。
敵の交渉役が松明を上げた。
「顔を見せろ」
「傷が開く」
「声を聞かせろ」
ミリアムが答えた。
「肺に血が入っている」
「死んでいるな」
交渉役は格子へ近づき、槍の石突でアレシオの膝を打った。遺体は動かない。支える兵の腕が震えた。
ミリアムは包帯の端を引き、胸の傷から溜まった血を外へ滲ませた。温めた石を鎧の下へ入れてある。血は湯気を立てた。
「死者の血が温かい国から来たのか」
交渉役の目が細くなった。
「指を見せろ」
遺体の指は冷えて硬い。ミリアムは自分の右手を鎧の袖から通し、アレシオの手袋へ入れた。格子の影から見えるのは、将の腕がわずかに上がる姿だけだ。
彼女は親指を立てた。停戦を認める合図。
交渉役はなお見ていたが、弟の棺を受け取るため後ろへ下がった。血縁は疑いより重い。
「半刻だ。過ぎれば攻める」
門が閉じると、ミリアムは椅子から手を抜いた。指に死者の冷たさが残った。
包帯の銀糸を三本切り、城代へ渡す。
「将軍の最後の命令です」
「本当に言ったのか」
「言えるうちには、何も」
城代はそれ以上聞かなかった。広場の兵を正門へ、民を丘側へ分ける。
アレシオの遺体は椅子のまま楼上へ運ばれ、敵へ見える位置に座らされた。
半刻の砂が落ち始めると、丘側の退去門が開いた。