銀糸ドレスの裏縫い
王女の婚礼衣装が披露されると、宮廷服飾師ヘレンツォ・マダルは深く一礼した。
「月光を織り込む銀糸の技法は、私が完成させました」
裾持ちとして立つ針子スーヴァ・リットは、指先の傷を隠した。銀糸が切れない縫い方を見つけ、二十夜かけてドレスを仕上げたのは彼女だ。ヘレンツォは完成品を受け取ると、工房印を自分のものへ付け替えた。
「この娘は直線縫いしかできません」
貴婦人たちが気の毒そうに笑う。
王女は鏡の前で裾を広げた。
「婚礼衣装には、製作者の祝福名を裏へ縫い込む決まりです。ヘレンツォ、最後の一針を」
「光栄です」
彼は金針を取り、自分の名を示す一針を裏地へ通した。
銀糸が月光を吸い、ドレス全体が青白く輝く。
王家の婚礼布は、縫った者の指の温度を糸目ごとに記憶する。最後の一針は製作履歴を封じる儀式であり、別人が名を重ねれば、すべての裏縫いが表へ浮かぶ。
裾から胸元まで、細い文字が現れた。
――縫製者、スーヴァ・リット。第一夜、銀糸百二十本。
――第九夜、断糸防止の返し縫いを考案。
――第二十夜、完成。
ヘレンツォの記録は、完成翌朝の一針だけだった。
――工房印を切除。所有印を上縫い。
さらに、布へ残った彼の声が響く。
『裏地まで見る者はいない。婚礼が終われば針子は地方へ売る。口も塞げる』
彼は最後の一針を抜こうとしたが、自分で封じた糸は王女以外にはほどけない。
「工房主が意匠を所有するのは当然です!」
スーヴァは反論せず、王女の肩でわずかに浮いた糸を一本だけ整えた。銀糸は今度こそ、彼女の手の下で静かに収まった。
スーヴァが糸を整えた場所から、小さな銀花が一輪ずつ咲いた。婚礼布が真の製作者へ返す祝福だった。王女は鏡越しに彼女の目を見て、裾持ちの位置ではなく、自分の隣へ立つよう手招きした。工房の職人たちも、初めて胸を張ってスーヴァの名を呼んだ。
王女は婚礼契約書の付属通知を開く。
「ヘレンツォ・マダル。製作者詐称と職人売買の企図により、王室御用服飾師の契約を即時解除する」