銀蛇の鱗に残る命令
冬薔薇夜会の最中、銀色の蛇が卓上の花器から飛び出し、聖女ベルナデットの手首へ噛みついた。
毒は聖力で消えたものの、蛇の背にはヴァルド家の蛇紋が浮かんでいる。
「幻獣を扱えるのは、ヘンリエッタ様だけです」
ベルナデットが涙を浮かべると、王子フリードリヒは婚約者へ冷たい目を向けた。
「聖女へ毒蛇を放つ女と王家は結べない。婚約を破棄し、幻獣飼育権を永久に奪う」
ヘンリエッタは捕らえられた銀蛇を見た。怯えた小さな身体に偽の家紋まで焼きつけられている。自分だけでなく、言葉を持たない生き物も利用されたことが許せなかった。
「幻獣学者ディートリヒ。命令鱗を確認してください」
丸い鞄を抱えた男が進み出て、銀蛇の喉元から半透明の鱗を一枚だけそっと撫でた。召喚獣の命令鱗には、最初の命令者の血の署名が残る。
鱗が空中へ赤い文字を映した。
召喚者、ベルナデット。命令、右手首を浅く噛み、直後に毒を止めよ。
さらに浮かんだ血紋は、神殿に登録された聖女本人のものだった。背の家紋は命令後に染められた飾りにすぎない。
「この子は命令どおり、命を奪わない噛み方をしました。罪があるとすれば、従順すぎたことだけです」
ディートリヒは鱗から手を離した。
ベルナデットは噛まれた手を隠し、フリードリヒは取り繕うように笑う。
「聖女は誰かに唆されたのだ。ヘンリエッタ、飼育権も婚約も戻す。君は幻獣に優しいのだから、今回も寛大であるべきだ」
「優しさは、命令されて差し出すものではございません」
ヘンリエッタは王家から贈られた飼育章を外した。
「この子を道具と呼び、私を犯人と呼んだ方のもとへ、どちらも戻りません」
ディートリヒが銀蛇を腕へ乗せ、空いた手を差し出す。
「北の保護区には、家紋を焼かずに幻獣を守る場所がある。管理者を選ぶのは王子ではなく、あなたです」
ヘンリエッタはフリードリヒに背を向け、銀蛇の舌が揺れる前で、ディートリヒの手を取った。