錬金術師と燃えない布
錬金織師メイファの店へ、商業組合長グロスが火竜を連れてきた。
「燃えない外套など詐欺だ。公開試験で偽物と証明して、店を没収する」
本当の狙いは、軍から入った大口注文だった。零細店を潰し、製法ごと奪うつもりである。
広場に集められた客の前で、メイファは完成前の外套を作業台へ置いた。だが自分はそれを羽織らず、縫い針を持ったまま火竜ハルガンの前へ立つ。
グロスが鼻で笑う。
「商品に自信がないから、自分だけ耐火薬を飲んだか」
「違います。試作品を焦がされたくないので、私が前に立つだけです」
合図とともに、ハルガンが炎を吐いた。広場の噴水が沸騰し、組合の試験旗が一瞬で炭になる。
火竜は途中で片目を細めた。
標的が焼ける匂いの代わりに、針が布を通る小さな音が聞こえる。炎を吐かれながら、女は縫製を続けていた。
煙が晴れる。
メイファは同じ姿勢で立ち、左手の外套へ針を一目進めたところだった。指先も糸も無傷で、布には彼女の影すら焼きついていない。
「隠し結界だ!」とグロスが叫ぶ。
「結界では針穴の位置まで守れません。熱で糸が伸びれば、今の一目は曲がるはずです」
見物していた職人たちが身を乗り出す。縫い目は真っ直ぐだった。
客の一人が、古い外套を抱きしめた。それは昨冬の火事で娘を包み、焼け落ちた家から無傷で運び出した品だった。広場のあちこちで、同じ店印を持つ客が前へ出る。偽物という言葉だけが、行き場を失った。
グロスは火竜の首輪を最大まで締める。
「《炉心炎》を使え! 布も女も消し炭にしろ!」
ハルガンの腹が白く光り、鍛冶炉百基分の炎が一点へ集まる。石畳はガラスになり、組合長の防熱帽まで端から煙を上げた。
火が弱まる。
メイファは同じ場所で、同じ外套を縫っていた。最後の糸を切り、試作品を軽く払う。
「私は百年前、火山噴火で不死になりました。以来、受けた熱を糸へ移して強度に変えています」
彼女が外套を鑑定台へ置くと、台は熱耐性を表示した。数字は上限へ達し、さらに増え、ついには計算式そのものが消える。
組合長の没収命令書の横で、鑑定結果は《測定不能》となった。