鍛冶砦の騒音苦情
鍛冶砦の西壁が鳴り始めたとき、職人ボルグナは耳栓をした。
向かいの谷に陣取る競合工房主タルメズが、最新兵器〈共鳴砲〉の実演を始めたのだ。石の固有振動を増幅し、城壁を内側から砂にする。砦を買い叩くための嫌がらせだった。
「三分で崩れる! 今なら工房ごと銀貨百枚で買ってやる!」
拡声筒から声が響く。
ボルグナは壁際の椅子に座り、朝の麦酒を持ち上げた。
「九時前の騒音は組合規約違反だ」
共鳴砲が低く唸った。西壁に波紋が走り、塔も炉の煙突も一斉に崩れ落ちる。石粉が工房を覆い、麦酒樽が倒れる音まで谷へ響いた。
タルメズは勝ち誇ったが、砲手が青ざめて計器を指した。
共鳴が止まっていない。
標的の石がすべて砕ければ、反響は消える。なのに砲は、たった一点から返ってくる硬い反射音を拾い続けていた。
石粉が晴れる。
ボルグナは同じ姿勢で座っていた。脚を組み、右手の木杯を口元へ。椅子の周囲だけ床が残り、落ちた城壁は金属粉より細かくなっている。杯の泡すらこぼれていない。
実演を見に来た商人たちは、共鳴砲ではなくボルグナへ値段を尋ね始めた。タルメズが「仕込みだ」と怒鳴ると、砲手が発射記録を読み上げる。規定出力の百二十パーセント、命中誤差なし。自分の製品が正常だと証明するほど、標的の異常さだけが際立った。
砦の老職人は笑った。ボルグナがこの椅子で朝酒を飲む姿は、彼の祖父の写真にも同じ角度で写っていた。
「防音板を隠したな!」
「耳栓なら貸すぞ」
タルメズは顔を赤くし、共鳴砲の安全栓を抜いた。砲身が橙色になるまで出力を上げる。山を割る試験で一度しか使えなかった過負荷射撃だ。
二度目の音は聞こえなかった。空気そのものが震え、谷が白い石煙に沈んだ。
煙の向こうで、ボルグナは木杯を口元へ運んだままだった。
「泡が減った。揺らしすぎだ」
タルメズがさらに出力輪を回した瞬間、反射した振動が砲身へ戻る。最新兵器〈共鳴砲〉は、発射口から炉心まで順番に砕けた。