鍵の形のビスケット

八木沢亜麻は、洋菓子店「カナリア」で鍵の形をしたビスケットを一枚買った。

持ち手には小さな花、先端には三つの歯。薄く焼かれているため、店主は二枚の厚紙で挟み、「折曲厳禁」の赤い判を押した。

亜麻は今月末で、住んでいる部屋を出なければならない。更新料を払えず困っていると知った友人が、仕事場兼住居の空き部屋を三か月使っていいと言ってくれた。合鍵も用意してあるらしい。

ありがたい。けれど二十六歳にもなって居候するのが恥ずかしく、〈何とかするから大丈夫〉と返した。何とかする方法は、まだない。短期賃貸は給料の半分を超え、安い宿は通勤に二時間かかる。検索履歴だけが増え、段ボールは一箱も組み立てられていなかった。友人の提案だけが現実的なのに、それを選ぶと負けを認めるようで、既読のまま二日置いていた。

「ずいぶん厳重ですね」

亜麻が言うと、店主は厚紙の端を紙テープで留めた。

「形が細いので。支えがあれば持ち帰れます」

ビスケット自体を厚く焼き直すのではなく、外から支える。それだけの話だった。

会計後、亜麻は包みを鞄へ入れようとしてやめた。厚紙ごと手に持つ。助けを受ければ、自分まで脆い人間になる気がしていた。けれど、折れやすい時期に支えを使うことと、永遠に自立できないことは同じではない。

店の入口脇で友人とのチャットを開く。

〈まだ部屋が空いているなら、三か月だけ借りたい。家賃と光熱費は払わせて。合鍵、受け取ります〉

送ったあと、条件を付けすぎたかと思った。すぐに〈了解。机だけ片づけとく〉と返ってくる。慰めも、恩着せがましい言葉もなかった。

店主はショーケースの鍵型ビスケットの札に「残り二枚」と書き足していた。一枚売れたから、一枚分だけ数字を減らす。簡単な事実の更新だった。

亜麻は包みを胸の高さで持ち直した。三か月後の住所はまだない。それでも月末の夜に眠る場所は決まった。

厚紙の間で、鍵の形は折れずに残っている。本物の合鍵を受け取るまで、これを目印にしてもいいと思った。