鍵を返す夜
城戸由良が夜間高校の音楽室を開けたのは、午後九時十二分だった。
卒業式は昼に終わっている。返却期限を過ぎた鍵で、三人は最後の練習をするため戻ってきた。
「不法侵入?」と安西真帆。
「鍵あるから合法」と黒瀬元希。
「返してない時点で違法でしょ」
三人とも、昼間の学校を途中で辞めた。由良は家計のため、元希は喧嘩で、真帆は教室に入れなくなったから。夜の校舎で出会い、卒業までの二年間だけバンドを組んだ。
由良は四月から介護施設で働く。元希は叔父の建設会社。真帆は昼間の大学へ進学する。
「真帆だけ、普通の学生になるんだ」と元希。
「普通って言わないで」
「褒めてる」
「褒め言葉に聞こえない」
由良がギターを鳴らして止めた。
「私たち、いつもそう。相手が喜ぶ言葉、最後まで分からない」
だから歌にした。元希がベースで低い音を置き、真帆がドラムを叩き、由良が、言えなかったことを歌う。
最後の曲は卒業を祝うには暗すぎた。朝が来ても起きられない人、働いても足りない金、教室の扉の重さ。三人がここへ来るまでの夜が、四分間に詰まっていた。
演奏中、廊下の自動照明が消えた。音楽室だけが明るく、窓には三人の姿が浮かぶ。
「大学でバンドやる?」と由良が訊く。
「やらない。昼の人たちの速さについていくので精いっぱい」
「元希は?」
「現場、朝六時。夜は寝る」
「私は夜勤」
予定を並べるほど、次の練習が存在しないことが確かになった。
曲が終わると、真帆はドラム椅子を机の下へ戻した。元希はベースを背負い、由良は譜面を捨てた。
職員室前で、由良が鍵を返却箱へ落とす。
金属音が、空の校舎を長く転がった。
「これで入れないね」と真帆。
「入らなくていいんだよ」と元希。
三人は校門で別れた。由良は始発までの夜勤へ、元希は早朝の現場へ、真帆は昼の大学へ向かう準備のため、それぞれ反対方向へ歩いた。
返却箱の底には一本の鍵が横たわり、もう誰のポケットにも、三人を同じ部屋へ戻すものは残っていなかった。