鍵穴の夢

古い集合住宅の管理人は、夜になると一つの鍵穴を夢に見た。

翌日、その扉が最初に施錠されないまま残る。

部屋番号も周囲の傷も、夢でははっきり分かった。

管理人は毎朝、該当する扉を気にかけた。

住人が閉め忘れれば声をかけ、共用倉庫なら自分で施錠した。

盗難も事故も起きず、几帳面な管理人として信頼された。

ある夜、夢に屋上扉の錆びた鍵穴が現れた。

翌日、管理人は朝から何度も屋上を確認した。

扉は閉まっている。

夕方、巡回すると、鍵が開き、扉が少しだけ浮いていた。

屋上には高校生が一人、鞄を抱えて座っていた。

この建物の住人で、父親と二人暮らし。

管理人が帰るよう言うと、

「閉めないで」

と頼んだ。

父親と進路のことで喧嘩し、家へ入りたくない。

しかし完全に出ていく勇気もなく、父親が探しに来られるよう扉だけ開けておいたという。

管理人は、安全のため施錠しなければならない。

予知された開けっ放しを見つけた以上、いつもならすぐ鍵を回す。

「父親へ連絡するか」

高校生は首を振った。

「怒られる」

「心配もされる」

「それが嫌」

管理人は、自分の息子が家を出た夜を思い出した。

あのときも、防犯のため玄関を内側から閉め、

「帰るなら鍵を持っているはずだ」

と思った。

息子は鍵を返したあとだった。

二人はそれきり長く会わなかった。

管理人は屋上扉を閉めず、階段側へ椅子を置いた。

「私はここにいる。下へ行きたくなったら言いなさい」

高校生の隣へは座らなかった。

一時間後、父親が階段を上がってきた。

管理人が連絡したのではない。

開いた扉から入る風の音を聞き、屋上だと気づいたらしい。

父親は叱らず、

「夕飯、冷める」

とだけ言った。

高校生も謝らない。

二人は管理人を間に挟み、進路の話を少しだけした。

帰るとき、高校生が自分で扉を閉め、鍵を回した。

翌朝、管理人は息子へ久しぶりに手紙を書いた。

「帰ってこい」ではなく、

「来るなら、扉を開けて待ちます」

と記した。

鍵穴の夢は今も、閉め忘れを知らせる。

けれど管理人は、開いている扉を見つけても、すぐ鍵を回さない。

防ぐべき事故なのか、誰かが帰り道として残した隙間なのか。

まず向こう側へ一度、声をかけるようになった。