鐘を鳴らしても広がらない亀裂

大聖堂の鐘楼に、縦一筋の亀裂が走った。鐘を鳴らすたび石壁が外へ開き、昨日付けた白墨の印は一ミリずれていた。司祭たちは、百年の塔を取り壊すしかないと決めた。

石工オデットは外壁を見上げた。

「倒れようとする力を、外から受け止めます」

彼女は亀裂のある面に、裾を広げた三角形の石壁を二本付け足した。壁から突き出す控え壁――バットレスだ。装飾ではなく、塔が外へ膨らむ力を地面へ流す支えだった。

古参石工は、塔そのものを厚くしない方法を嘲った。

「貼り付けた石で鐘の揺れが止まるものか」

「では、十二回鳴らしてください」

亀裂を跨ぐように細いガラス片を蝋で留め、鐘撞きが綱を引いた。

一回。塔全体が低く震える。

六回。ガラスは割れない。

十二回。白墨の線は重なったまま、亀裂の幅も変わらなかった。

念のため二十四回鳴らす。広場の鳩が一斉に飛び立ったが、塔の石粉は一粒も落ちない。前日まで鐘一回で半ミリ動いていた壁が、測定針の一目盛りも動かなかった。

取り壊し費用は金貨八千枚、工期一年。控え壁は金貨四百枚、十二日だった。しかも礼拝堂を閉じる必要がない。

大司祭は解体許可書を祭壇の火で焼き、オデットへ大聖堂の設計印を渡した。

「鐘楼は残す。北翼にも同じ亀裂がある」

大司祭は、控え壁が外観を損なうと最後まで渋った。オデットは古い彫刻の形を写して表面へ刻み、支えを聖堂の一部に見せた。ただし働きを担うのは、外へ張り出した石の塊だけだ。

鐘楼の上には監視役を置き、亀裂の左右へ針を立てた。二十四回の鐘のあと、針先の間隔は試験前と同じ三ミリ。対して控え壁を付けていない北翼の亀裂は、同じ風だけで半ミリ広がっていた。古参石工は自分の測定板を何度も裏返したが、数字は変わらない。礼拝に来ていた市民は、取り壊し用の柵を自分たちで外し始めた。

鐘楼の下に避難させていた聖歌隊も戻り、夕べの鐘を通常通り鳴らせることになった。

そして全石工の前で告げた。

「本日より、あなたを大聖堂主任建築士に任命する。修復工事はすべて任せる」