防音室に残った二つ目の声
相談窓口の防音室で、能勢叶人が顧客へ説明しているあいだ、宇佐見スーパーバイザーの声が片耳だけに流れた。
『もっと噛め。失敗して謝れ』
客には聞こえない、指導用の裏回線だった。
叶人が正確に案内すると、宇佐見は舌打ちする。
『生意気だな。次は保留にして切れ。苦情が入れば評価を下げられる』
通話を終えた叶人が振り返ると、ガラスの向こうで宇佐見が笑っていた。彼は一か月、叶人の成績だけを最低に書き換え、休憩時間には〈声が気持ち悪い〉と録音を真似て皆を笑わせていた。
「指示どおりに切らなかったな」
「お客様に不利益が出ます」
「ここでは俺が品質だ。反抗記録をつけて、今月で契約終了にする」
その日は本社の品質監査日だった。宇佐見は表回線だけが録音されると思い、監査担当者へ胸を張った。
「能勢は案内を無視し、勝手な対応をします。録音を聞けば分かります」
監査担当者が再生を始める。
最初に顧客と叶人の会話が流れた。案内は手順どおりで、顧客は礼を言って通話を終えている。
次に、別の音声が重なった。
『もっと噛め。失敗して謝れ』
宇佐見の顔が固まる。
「裏回線は録音対象外のはずだ」
「先月から、指導品質の確認のため二系統とも保存しています」
更新通知には宇佐見自身の電子承認があった。読まずに一括承認したため、知らなかっただけである。
記録は次々に続いた。
『苦情が入れば評価を下げられる』
『休憩は能勢だけ後回しにしろ』
『辞めたら、俺の評価が上がる』
さらに評価画面の修正履歴も開かれる。叶人の満点評価を、宇佐見が深夜にゼロへ変え、理由欄へ〈顔が気に入らない〉と入力していた。
「冗談だ。防音室の中だけの話だぞ」
「防音は、違法行為を守るためのものではありません」
監査担当者が叶人のヘッドセットを受け取り、正常な評価票を机へ置く。宇佐見の管理画面には、赤い通知が表示された。
本社人事部長の声が、今度は両耳へはっきり流れる。
『宇佐見直紀。通話妨害、評価改ざんおよびハラスメントにより、即時解雇を通告します』