障子の向こうの的

真庭凌介が父の家を売る前に直したかったのは、奥座敷の破れた障子だった。手伝いに来た秋津志貴は、弓道部の古い弓を一本抱えていた。

「蔵に残ってた」

「捨てていい」

「お前の名前がある」

高校最後の団体戦の日、凌介は父の危篤を知り、会場から消えた。補欠だった志貴が急に入って一本外し、全国行きを逃した。凌介は葬儀の後も部へ戻らず、志貴は「逃げた」と言った。二人が会うのは十年ぶりだった。父の葬儀の日、志貴は門の外まで来て帰った。そのことを凌介は近所の人から後で聞いたが、礼も抗議もしなかった。父の死と試合の敗北を同じ日に思い出すのが嫌で、弓も家も閉じたままにしていた。

畳へ新聞紙を広げ、古い障子紙を剥がす。糊は乾いて固く、桟には小さな傷がいくつもあった。父が矢の手入れをした跡だ。

志貴が霧吹きで紙を湿らせ、凌介がゆっくり剥がす。急ぐと薄い木まで持っていかれる。

「試合のときは、待てなかったな」

「病院は待ってくれなかった」

「分かってる」

「今、分かっても遅い」

「遅いな」

志貴は言い訳をしなかった。凌介も許すとは言わなかった。

新しい紙を張り、刷毛で空気を抜く。中央に一か所だけ皺が残った。志貴が剥がそうとすると、凌介は止めた。

「乾けば少し伸びる」

「伸びなかったら」

「そのままでいい」

夕方、障子を立てると、庭の光が柔らかく透けた。売却の査定は来週だ。凌介は父の家へ住むつもりがなく、志貴は勤めていた道場を閉め、寮を出たばかりだった。

古い弓を床の間へ置く。凌介の弓の隣には、志貴が使っていた短い弓も残っていた。父が預かっていたらしい。

「持って帰れ」

「置く場所がない」

凌介は押し入れを開け、客用布団を一組出した。もう一組は先に干してあり、日向の匂いがした。

「査定まで、湿気させるな」

「俺が?」

「朝、障子の皺も見ろ」

志貴は玄関に置いた靴袋を奥座敷へ運んだ。凌介は不動産会社へ、査定日の延期を知らせる短いメールを送った。理由の欄には「補修確認」とだけ書いた。