雑魚しか出ない理由

《奈良井千花の配信、弱い魔物しか出なくて草》

《裏で難易度下げてもらってるだろ》

《強者設定なら災害級を相手にしてみろ》

奈良井千花は、迷宮入口の難易度設定を公開した。最高値。さらに視聴者投票で、出現個体を強制抽選する。

引かれた名は、飢界狼フェンリル。

抽選確定後、管理局の担当者さえ顔色を変えた。召喚取消しの提案を、千花は「検証にならないから」と静かに断った。

配信画面を覆うほどの黒い狼が天井を突き破って降りた。過去に三都市を避難させた個体で、召喚された瞬間から警報が鳴り響く。

千花は武器を置き、ポケットから小さな紙袋を出した。

表には犬用ビスケットと印刷され、未開封シールも映っている。疑惑側のカメラが袋へ寄る中、千花は封を切らず、掌を静かに床まで下げた。

彼女は紙袋を一度だけ置いた。

フェンリルが跳びかかる。

その巨体は千花の一歩手前で急停止した。爪が石床に溝を刻む。狼は鼻先を袋へ近づけることもできず、耳を伏せ、震えながら後退した。やがて腹ばいになり、尾で自分の顔を隠す。

千花は袋を拾う。

「これは帰り道で普通の野良犬にあげる分。あなたのじゃないよ」

《支配スキル反応なし》

《紙袋も未開封、誘引物質なし》

《フェンリルの危険度がSSSから“逃走希望”へ変わった》

《千花、何もしてないように見えて“置く”動作で縄張り宣言したのか》

《弱い魔物しか出ないんじゃない。強い魔物が出た瞬間に弱くなる》

フェンリルは入口を振り返り、許可を求めるように低く鳴いた。千花が顎を少し動かすと、巨体は壁を擦りながら逃げていく。

抽選システム、難易度設定、個体識別。検証欄にはすべて正規の署名が並んだ。

《運営介入なし》

《過去配信の魔物も、出現前は全部規定危険度だった》

《雑魚を用意してた説、完全否定》

《ごめん。雑魚に見えるまで格の差をつけてただけだった》

迷宮庁の生物危険度データベースが更新される。

【飢界狼フェンリル:災害級】

【遭遇時例外――奈良井千花が同区域にいる場合、保護対象】

そして公式切り抜きは、『最高難度をおやつ抜きで躾ける』と題された。