雨を待たない畝
雨乞い巫女アマネは、雨を呼ばなかった罪で村を追われた。
正確には、山が崩れるほどの豪雨になると分かって拒んだのだ。領主は臆病者と罵り、川下の捨て農地を与えた。
初日の空には、黒い雲が集まっていた。
村人たちは空を見上げて喜んだが、アマネは畑の傾きを見た。上から流れた水が中央へ集まり、小屋まで一直線に来る形だ。
彼女は種をまかず、鍬で排水の筋を一本掘り始めた。
「雨が欲しい土地で、水を逃がすのか」
通りかかった男が笑う。
「欲しいのは雨です。濁流ではありません」
十歩、二十歩。掘った土を低い側へ盛り、畝を守る壁にする。排水の出口には枯れ葉が詰まっていた。アマネは膝まで古い水路へ入り、腕を差し込んで一塊ずつ掻き出す。雲の動きはもう速い。あと半刻もない。掘った筋へ水を一杯流して試すと、途中の窪みで止まった。そこをさらに指一本ぶん削る。二度目の水は曲がりながらも最後まで抜けた。彼女は鍬を杖にして立ち、空へ雨を止める祈りではなく、来るならこの道を通れと静かに告げた。空は答えなかったが、試し水の細い跡だけが、水路の出口まで途切れず光っていた。
最後の一鍬を入れたとき、空が裂けた。
大粒の雨が一気に落ちる。
乾いた畑はすぐ泥へ変わり、水が小屋へ向かって走った。だがアマネの掘った筋へ吸い込まれ、畑の外の古い水路へ流れていく。
一本だけ作った畝は崩れなかった。
雨宿りに来た先ほどの男が、黙ってその様子を見た。
「村の畑は大丈夫だろうか」
「同じ筋を掘るよう、朝に伝えました」
笑われた忠告を、彼女はそれでも置いてきた。
夕方、雨音が弱くなる。アマネは小屋の炉へ鍋をかけ、粟と干し肉を煮た。蓋を開けると白い湯気が顔に当たり、濡れた服の冷たさがほどけていく。
戸の下から、領主の使いが召還状を差し入れた。
《洪水対策のため、直ちに戻れ》
アマネは紙を拾い、鍋敷きの下へ置いた。
雨は待ってくれない。けれど粥も、火から下ろす時を逃せば焦げる。
彼女はまず、自分の畑を守った一日へ、温かい一椀を与えることにした。