雨宿りは同棲ではない
矢萩絢の部屋へ、渉は濡れた段ボールを二箱だけ持ってきた。
上の階で水漏れが起き、彼の部屋はしばらく住めない。管理会社の修繕予定は未定だった。
「これを機に、そのまま一緒に住まない?」
玄関で渉は笑った。以前から同棲の話は出ていた。絢の部屋は一人用だが、二人で眠れないほど狭くはない。緊急時に恋人をホテルへ行かせるのも冷たい気がした。
けれど、困っている人を泊めることと、一緒に暮らすと決めることは同じではない。
渉から届いた二件のメッセージを、絢は何度も見た。
〈修理、いつ終わるか分からないって〉
〈住所変更の手続き、先にしてもいい?〉
一件目には心配しかない。二件目には、返事を急がせる力があった。
二十九歳で、同棲のきっかけにこだわるのは幼いのかもしれない。暮らし始めてから気持ちが追いつくこともある。雨宿りがそのまま家になるのも、物語としては自然だ。
絢は壁のカレンダーを外し、二週間後の日付へ赤い丸をつけた。
「二週間は泊まっていい。その間にホテルか短期の部屋を探そう。同棲の返事は、修理が終わってから別にする」
渉の顔から笑いが消えた。
「追い出す日を先に決めるんだ」
「助けることを、返事の代わりにしたくない」
渉は何も言わず、濡れた箱を部屋へ運んだ。
絢は住所変更のメッセージに〈今はしない〉と返した。二週間後、渉が傷ついたまま去るかもしれない。同棲の提案も消えるかもしれない。
夜、絢は渉の濡れたシャツを洗い、浴室へ干した。優しくしながら線を引くことは、冷たく断るより難しかった。渉が眠ったあとも、段ボールから水の匂いがした。絢は二週間ぶんの空きスペースを棚に作り、それ以上は空けなかった。限りを決めても、今夜の居場所まで偽物になるわけではない。
赤い丸は、泊める優しさの期限でもあった。期限があるからこそ、絢は今夜の毛布をためらわず一枚多く渡せた。
それでもカレンダーの赤い丸を消さなかった。雨をしのぐ場所は渡す。未来まで渡さない。その境界を冷たさと呼ばれる結果も、絢は自分のものとして引き受けた。